2010年02月14日

「筒発」 について (1)

 先の 「艦砲射撃の基礎 − 連装砲の発射法 (補)」 で 「筒発」 のことが出ましたので、ここでこれについて少しご説明してみたいと思います。

(注) : 「筒発」 「筒中」 の 「筒」 は 「月」 偏に 「唐」 と書くのが正しい字ですが、常用フォントにありませんので、本項においては総て 「筒」 で代用しています。


 皆さんご存じのとおり 「筒発」 といいますのは、砲弾を砲に装填した時から発砲して砲口を辞する迄の間で、即ち筒中において破裂する現象のことです。

 筒発は、「早発」 「腔発」 とも言う場合もありますが、後者は少なくとも旧海軍・海自では使いません。

 因みに、正確に言いますと 「早発 = 筒発」 ではありません。 筒発は筒中のみでの現象で、早発は筒外も含むからです。 そして、早発は特に信管の誤作動を示す場合が多いです。

 「筒発」 の原因には色々ありますが、大きく分けると次の4つになります。

     (1) 砲弾の不良
     (2) 信管の不良・誤作動
     (3) 高温砲
     (4) 操作ミスなどの人的要因

 それぞれについて簡単にご説明します。


(1) 砲弾の不良

 弾体の材質や製造法に問題があり、例えばクラックなどがある場合に、発射時にそこから裂ける、あるいはそこから侵入した高温高圧の燃焼ガスにより炸薬に火が付く、などが起こりえます。

 また、弾底の底螺の製造不良や設計不良がありますと、弾体との隙間から燃焼ガスが侵入することも考えられます。

 これについては、黄海海戦において12吋砲の筒発と疑われる事象発生時には総て 「徹甲榴弾」 を使用していたことから、この弾種の不良が疑われました。

 このことから、海軍大臣の訓令をもって12吋砲及び8吋砲について、明治37年8月23日には 「1号徹甲榴弾」、そして更に8月30日には 「2号徹甲榴弾」 についても “やむを得ざる時にのみ” に限られ、専ら 「鍛鋼榴弾」 を使用することとされました。

aphc_no1_01.jpg

 当初、艦政本部ではこの徹甲榴弾の弾体の材質であるクローム鋼の特性から、この後でご説明する 「高温砲」 との関係を次のように疑いました。

aphc_no1_02_s.jpg

 が、その後の試験の結果クローム鋼自体には問題がないとされ、製造不良以外の残された問題である弾底の構造そのものの安全対策を施すこととします。

 そして、翌38年1月以降、弾底を 「複底螺」 式に改造したものが供給され、これに限り使用することとなりました。

fukuteira_2_s.jpg

 下の左図が従来のもので、底螺に信管をねじ込む方式です。 そして右図が改良された複底螺方式で、信管を先端に取り付けた内側の底螺を外側の底螺にねじ込む方法となりました。


fukuteira_s.jpg

 もちろん12吋砲及び8吋砲のみならず、日露戦争期間中に発生したその他の砲種での筒発 (その疑いも含む) に関する報告によると、「徹甲榴弾」 を使用した場合の例が多く見られますし、また陸上弾庫などでの検査の際にこれの不良弾が見つかった例も報告されています。

 しかしながら、筒発と考えられる事象の中には 「鍛鋼榴弾」 の例もありますので、砲弾の不良という要因はこの徹甲榴弾に限ったことではありません。

 砲弾の不良という問題は、総ての砲種、総ての弾種についてこの可能性が潜在することになるわけで、当然ながら現在の砲熕武器においてもこの筒発の危険性が完全に “0” になったわけではありません。


(2) 信管の不良・誤作動

 信管の材質や製造法に問題がある、あるいは設計そのもの、特に安全機構が不十分な場合には、誤作動を起こす可能性があります。

 特に、砲身内に敵弾の断片や前弾の導環片などが存在するとそれを咬んだ砲弾が急減速を起こした場合や、外的な大衝撃(例えば敵弾の命中などによる)によって、信管が誤作動することが考えられます。

 あるいは、砲の総発射弾数が多くなり砲身の旋条 (ライフル)、特にその起端部が摩耗してきますと、発射時に砲弾の導環が旋条に完全に食い込むまでに距離が生じてこの時に砲弾に衝撃を与えるようになることから、これが信管誤作動の原因になると考えられました。

 日露戦争時は当時の旧海軍の主力信管であった 「伊集院信管」 について、これの誤作動が疑われたました。  一つには、この信管は開戦前から製造不良のものがかなりあることが言われており、明治37年1月には聯隊機密をもって各艦において不良が疑われる場合には直ちに返納・交換することが指示されています。

ijuin_fuze_02_s.jpg

 そしてこの不良のことは中央でも認識しており、日露開戦に備えて取り敢えずの改善を呉海軍工廠で施し、37年2月以降逐次艦隊に供給しました。

ijuin_fuze_no1_S.jpg

 それでも結局は、この信管は元々の設計そのものが早発防止のための安全機構が不十分であったことから、日露戦争直後の明治39年6月にはこれが改良された 「新式伊集院信管第一号」 が採用となり、製造され次第それまでのものと逐次交換されました。

 これらのこともあって、昭和初期の旧海軍では日露戦争時の筒発の多くはこの伊集院信管によるものと考えられていたのです。

(注) : 本項で引用した各史料は、弾底構造図以外は総て防衛研究所図書館史料室が保有・保管するものからです。


(この項続く)
posted by 桜と錨 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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