2010年01月17日

船舶工学の基礎 − タンブル・ホームと復原力 (4の補)

 ところで、

 この縦隔壁のことは、日本海海戦における露戦艦の転覆沈没原因の一つとして、旧海軍にとっても艦艇設計上の貴重な戦訓となりました。

 しかしです、

 旧海軍はこの戦訓を得たにも係わらず、その後の艦艇設計において、遂に今次大戦までそれを活かすことはなかったのです。

 このため、この大区画の縦隔壁の存在が、先の鋲構造の問題と併せ、今次大戦における旧海軍艦艇の浸水被害に対する “弱さ” の重大な一因となっていることは明らかです。

 なぜ旧海軍がこの縦隔壁を止めなかったのか? なぜ日露海戦の教訓が活かせなかったのか?

 これについては福井静夫がかつて次のように書いています。

No021_p076_s.jpg
( 『世界の艦船』 昭和34年5月号 (通巻第21集) より )

 まるで他人事のように、かつ大したことではなかったかのようにサラリとかわしています。

 それはそうでしょう。 平賀譲を持ち上げ、平賀譲 − 牧野茂 − 堀元美・福井静夫の系列だと強調することによって、戦後の艦艇研究家としての自己の正当性とノーブルさを訴えようとした福井静夫にとって、これが大問題とは言えるはずがなかったのです。

 しかし、冗談ではありません。 これこそ、平賀譲を始めとする造船屋さんたちの犯した “大失態” の一つであり、彼らが負うべき重大な責任です。

 改善できたにも関わらず、故意にやらなかった。

 そしてそれを棚に上げて、ダメコン (ダメージ・コントロール) 云々などとさも用兵者側にその責任があるかの如く問題の焦点をすり替えてきたのが、戦後の造船屋さん達のやり方です。

 トップヘビーや船体強度の不足などは 「友鶴事件」 や 「第四艦隊事件」 などの発生によって戦争前に “何とか” 手を打つことができました。

 もちろんそれ故に、藤本喜久雄に替わった平賀譲の技法によって、他の問題を総て覆い隠したままとなったのですが。

 しかし残念ながら、この縦隔壁の問題は今次大戦において実際に戦闘によって艦艇が沈み始めるまで表に出ることがありませんでした。

 旧海軍艦艇史において、本家HPの掲示板で出た鋲構造や軽質油タンクの問題などと併せ、そしてそれ以上に、この縦隔壁の問題はもっと強く指摘されてもよいものの一つです。

 もちろんこの日露戦争後に続く旧海軍の縦隔壁の問題については、当然ながら 『別宮暖朗本』 の中では全く触れられておりません。 この著者が根拠として引用するような書籍類には出てこないからです。
(この項終わり)

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前 : タンブル・ホームと復元力 (4)

posted by 桜と錨 at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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