2010年01月07日

船舶工学の基礎 − タンブル・ホームと復原力 (4)

 この項の最後としてご説明しておかなければならない重要なことは、縦隔壁と遊動水の問題です。

 「遊動水」 といいますのは、船体内にあって空気と接する表面 ( 「自由表面」 と言います) がある液体のことを言います。 別に水でなくても、油などでも構いません。

 この遊動水があると、船が傾斜した場合にはGM値を著しく減少させることになります。 つまり、下図のようにです。

stabi_03.jpg
(注1)

 船が傾くことによって、この遊動水もその傾いた側に移動します。 これはつまり遊動水の重心が移動することを意味します。

 すると、船全体の重心も横に移動し、これによって見かけの重心 (G’) は大きく上昇し、したがってGM値はG’Mへと大きく減少することになります。

 理論式などの詳細な説明は省略しますが、この遊動水が問題なのは、実はこの GM値の減少は遊動水の “量” ではなくて、“表面積” に関係 するからです。

( 正確には表面積ではなくて自由表面の形状ですが、これの方が感覚的に理解し易いでしょう。)

 例えば、缶室や機械室などにおいて縦隔壁が設けられ、右舷側と左舷側に大区画が分けられている場合を考えてみて下さい。

 こうした構造の大区画に戦闘被害などで浸水があった場合には、その浸水量はもちろんですが、それ以上に問題なのはこれが遊動水となることです。

 片側の大区画で浸水して船体が傾くと、極めて大きな表面積の遊動水によって、GM値が一気に落ちることがお判りいただけると思います。

( これは、満水のタンクや完全に充満した浸水区画などの場合、即ち自由表面がない場合には当てはまらないことにはご注意下さい。 これらの場合は、単に船体片側の重量が増えるだけのことです。)

 そこで、もう一度 (2) で出てきたこの著者が “タンブル・ホーム” の説明であるとするトンデモ図を見てください。


stabi_11.jpg
( タンブル・ホーム (p44) (p45)


 実は、「ボロジノ」 型など露戦艦の復原性能の大きな問題点は、この機関区画の縦隔壁の存在もその一つなのです。 まさにこのトンデモ図は、タンブル・ホームの特性の説明ではなくて、縦隔壁による片舷浸水とそれによる遊動水の問題を示しています。

 もちろん、片舷浸水や遊動水の問題はタンブル・ホームとは何の関係もありません。

( この著者が小説を根拠にした 「8度」 などという数値については、先にご説明したとおりです。)

 しかもこの著者、遊動水の問題は全く理解しておらず、単に浸水による片側だけの重量増と浮力の喪失のこととしか考えていないようですが。

 日本海海戦において沈没した露戦艦は、元々がタンブル・ホームという復原性能の面では “不利” な船体形状を採用した上に、設計と建造の誤りによって、上方重量の増加による重心の上昇 (トップヘビー) とGM値の減少、吃水の増大という “欠点” を作り出しました。

 そして、縦隔壁の存在という設計上の重大な “欠点” も加わって、中には戦闘被害と下層砲甲板の低さによる浸水のため遊動水の問題が発生し、まだ相当な予備浮力を保持している状態にも関わらず、一挙に復原力を失って転覆し沈没したものがある、という可能性もあります。

 したがって、

 フランス人は重心を下げるためにタンブル・ホームを採用したのだが、大洋における海戦では重大な欠陥がある。 すなわち砲戦の結果、海水が入ると、船体復原性が急速に悪化する。 (p44) (p45) 

 これらの欠陥はロシア艦政当局に気づかれていたようだが、元にある設計コンセプトが問題だと、是正は不可能である。 (p45) (p46)

 ボロジノ級戦艦の設計、とりわけタンブル・ホームがこの悲劇を招いた。  (p320) (p332) 

 と、この著者が判ったように言う “タンブル・ホームだから”、ではないことはお判りいただけたと思います。

 ましてや、

 マカロフ理論にもとづく、6インチ砲塔式というコンセプトが引き起こしたといえるが、価格の関係からか、トン数を1万3000トンに落としたことも関係している。 (p44)

 加えて、予算の関係でトン数を1万3000トンに落としたことも関係している。 (p46) 
(注2) : 緑色 は管理人による。 当該部分は文庫本では削除されています。

 などは、タンブル・ホームの問題とは何の関係ありませんし、復元性能の問題とも直接は関係しません。

 要するに、船体設計と建造の両方のやり方が悪かったのです。

 日本海海戦における個々の露戦艦の沈没状況に関する考察は、また項を改めてご説明する予定にしています。
(この項続く)

-------------------------------------------------------------

(注1) : 『理論船舶工学 上巻』 (大串雅信著、海文堂) より引用。

 

次 : タンブル・ホームと復元力 (4の補)

前 : タンブル・ホームと復元力 (3)

posted by 桜と錨 at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/34610988
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック