2010年01月06日

船舶工学の基礎 − タンブル・ホームと復原力 (3)

 一般的に、傾斜が大きくなるほど復原挺も大きくなり、従って復原力も大きくなります。 そして、ある傾斜角度を過ぎると今度は逆に小さくなっていき、遂には復原挺 (=復原力) が 「零」 となります。

 この復原力が零となる傾斜角を 「復原力消失角」 といい、これよりも更に傾くと船は転覆することになります。

 これを表したのが下図の 「復原挺曲線」 です。 通常 「復原力曲線」 と言う場合にはこれを指します。

stabi_05a.jpg
(注)

 (1) でご紹介した 「艦隊令第7号」 に従うと、「ボロジノ」 型は、下部砲門を開放した場合にはこの復原力消失角が “たったの20度” であり、砲門を閉鎖した場合でも40度しかないとされています。 実に驚くべき数字です。

 ただしこれは、如何に設計・建造の仕方が誤っていたのか、ということであって、決して “タンブル・ホームだから” ということではありません。

 つまり、基本設計と建造・工程管理 (重量管理) の悪さが最大の原因です。 それは旧海軍の 「友鶴」 の例を見ていただければ明らかでしょう。

 そして、実際に露戦艦の復原性能の悪さは、タンブル・ホーム自体にあったのではなく、設計と建造の方法にあったことが実証されています。

 即ち、露海軍の公刊戦史 『1904、5年露日海戦史』 の中で、次の数値が示されています。

ボ ロ ジ ノ
 計 画 時実際 (リバウ出港時)
満載排水量13,940 トン15,275 トン
平均吃水26呎 8吋 (8m 12cm)29呎 1吋半 (8m 88cm)
GM値4呎 4吋 (1m 32cm)
(通常載炭)
2呎 6吋 (76cm)
(満載炭)

インペラトール・アレキサンドル3世
 計 画 時実際 (リバウ出港時)
満載排水量13,500 トン15,300 トン
平均吃水26呎 6吋 (8m 7cm)28呎10吋 (8m 79cm)
GM値3呎 9吋 (1m 14cm)
(通常載炭)
2呎 9吋 (84cm)
(満載炭)

 特に 「ボロジノ」 のメタセンター高 (GM) の実際値については、海軍技術会議の決定値としてロジェストウィンスキーに通知されたもので、これに併せて

 「 メタセンター低き故に海洋の航行を疑惧し特に其戦闘条件に対しては最慎重の注意を要する 」

 との勧告が付けられています。

 この平均吃水の増加とメタセンター高の減少が何を意味するのかは、既にご説明してきたところです。

 これだけのキチンとしたデータが示されているにも関わらず、『別宮暖朗本』 ではこの公刊戦史を参考文献としながらも、全くこのことに触れていません。

 この著者は、まともにこの公刊戦史を読んでいないのか、あるいはこれが何を意味するのか理解できなかったのか?

 いえ、次の記述を見る限りではこの著者は船舶工学のほんの初歩さえ、知らない、判らない、調べていない、で書いているとしか言えません。

 タンブル・ホームは上部構造を重くしても重心が上がらない工夫であるが、重心がある限度を超えて喫水線に近づくと、急速に復原性が悪化する。 (p310) (p321) 

 ここまで本稿をお読みいただいてきた皆さんには、これの何がおかしいかはもうお判りですね。

 まったく、何をか況や、です。


 それでは、タンブル・ホームという型式自体には復原性能についての欠点はなかったのか? というと、確かにこれもあります。

 ただし、これは欠点と言うより、不利な点、と言った方が正しいでしょう。

 下図は乾舷の高さによる復原挺曲線の違いを表したものです。

stabi_07.jpg
(注) 

 乾舷が高いほど、傾いたときに浮心が横に移動する幅が大きくとれますから、このため復原挺が大きく、復原力消失角も大きくなります。

 この図から考えていただけばお判りのように、タンブル・ホームのように船体上部が内曲がりしている船形では、この高乾舷によるメリットが生じません。

 すなわち、タンブル・ホームの内曲がりのラインよりも更に水面が高くなるように大きく傾いた場合には、その内曲がりによって船体上部の内部容積が小さくなるため、傾いても浮心の横への移動が大きくならないためです。

 したがって、同じ大きさ、同じ乾舷の高さならば、通常の形状よりはタンブル・ホームの方が復原性能としては悪いということになります。

 そして、その不利な点を重心の低さで補うのが、タンブル・ホームの本来のあり方です。

 つまり、露戦艦はタンブル・ホームという船体形式の “不利” な点を、設計と建造のまずさにより現実の “欠点” にしてしまったのです。

( ただし、これは高乾舷でも低乾舷でも吃水 (=排水量) は同じとしての場合で、実際には同一形式の構造の場合にはあり得ないことですから、単純に低乾舷だから復原力が悪く、高乾舷だから良い、というような簡単な話しではないことにはご注意ください。)
(この項続く)

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(注) : 『理論船舶工学 上巻』 (大串雅信著、海文堂) より引用。 

次 : タンブル・ホームと復元力 (4)

前 : タンブル・ホームと復元力 (2)
posted by 桜と錨 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
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