2010年01月05日

船舶工学の基礎 − タンブル・ホームと復原力 (2)

 鋼鉄製の艦船が何故水に浮くのか。 言うまでもなく船体構造によって得られる 「浮力」 が 「重量」 を上回るからです。

 そして、その浮力と重量が釣り合った状態で浮いていますが、浮力が上回る分が水面より上にある 「予備浮力」 となります。

 下図のように、通常の艦船では当然ながら 「浮心 (浮力中心 )」 (B) は 「重心」 (G) より下にあります。 このことが、復原力に関する様々な問題を引き起こしてくるのです。

stabi_01_s.jpg
(注) 

 つまり、「浮心」 が 「重心」 より下にあるのに、何故転覆せずに浮いていられるのか?

 それは船体が傾くことによって浮心の位置が “傾いた側に” 移動し、これによって船体を元の状態に戻そうとするモーメントが働くからです。 これが 「静復原力」 (Statical Stability)であり、単に 「復原力」 と言う場合にはこれを意味します。

stabi_02.jpg
 (注) 

 上図のように、GZが大きくなるほどその復原力も大きくなります。 このGZ値を 「復原挺」 と言います。 同じ傾斜角であるならば、重心が低いほどこのGZ値が大きい、即ち復原力が大きい、というごく当然の結論になります。

 しかしながら、GZ値は重心の位置だけではなく、傾斜の角度によっても変わってきますので、復原性能を表す定性的なものとしては使えません。

 そこでこれを一般的に言い表すために、個々の船固有の値となる 「重心」 (G) と 「メタセンター」 (傾心、M) 間の長さによって、その船の復原性能の指針とするのが通常です。 このGM値を 「メタセンター高」 (Metacentric Height) と言います。

 傾きが小さい場合 (一般に5〜10度まで) には、メタセンター (M) はこの図のようにほぼGBの延長線上のほぼ1点ですが、傾きが大きくなるにつれて、その位置からずれてきます。 下図のようにです。

stabi_04.jpg
 (注) 

 実際のこのメタセンターの移動などは、個々の船の船体形状や重心位置によって変わってきて、大変複雑なお話しになりますので、取り敢えず本項では、“そういうもの” という概念だけにしておきます。

 そこで、先の復原性能の指針であるGM値、即ちメタセンター高ですが、当然のこととして、沢山の物を搭載したり、改造などによって重量が増えると、浮心の上昇以上に重心が上昇 (図では G→G’) することになります。 これはつまり、GM値の減少、即ち復原挺の減少をもたらします。

stabi_06.jpg
 (注) 

 これをタンブル・ホームについて考えますと、この形状船体を有する艦船では上甲板以上の幅が狭いので、もし船体上部や上部構造物に必要な容積を確保しようとすると、必然的に上に積み上げる、即ち背の高いものになります。

 元々が重心位置を下げるためのタンブル・ホームですが、このために反って上方の重量が増え、重心位置が高くなる原因となります。

 特にロシア海軍艦艇では、充分な寒冷対策を要するために、上部構造物も密閉構造とせざるを得ず、ますます重量増となる傾向を生じます。

 それに、上部が重くなるといわゆる 「トップヘビー」 となって、うねりや転舵による横動揺が大きくなり、これが一層復原力に悪影響を及ぼします。

 つまり、重心位置という問題に関しては、タンブル・ホームという形状そのものではなく、それに伴う上部構造物のあり方、設計・建造の仕方の話しなのです。

 こんな肝心な点について、『別宮暖朗本』 では全く触れられていません。

 しかも、

 ロシア艦政党局は、ボロジノ級を建造するにあたり、この問題を一挙に解決しようとした。 すなわち主砲を12インチとし45口径6インチ砲を両舷6個の連装砲塔に格納し、かつ装甲強化を行なおうとした。 そのため上部構造への加重負担は厳しく、タンブル・ホームを維持せねばならなかった。 (p42−43) (p43) 

 両舷6個、って合計で12基という意味? 違うでしょう、多少なりとも船を知っている者はそんな書き方はしません。 片舷3基宛、でしょう、・・・・ などというツッコミはさておいて、

 “維持せねばならなかった” 理由の説明には、何にもなっていません。

 フランス戦艦では当時既に副砲の砲塔化を採用しておりますので、「ボロジノ」 型のプロトタイプたる 「ツザレビッチ」 をフランスに発注し、かつその図面を元にして 「ボロジノ」 型を設計・建造したために、あのようになっただけのことです。

 つまり、要求性能を充たしてかつ必要な安定を得るためには、それに応じた設計・建造方法をすれば (変えれば) よかっただけのことで、タンブル・ホームを維持する必要性とは何の関係もありません。

 なお、

 ロシア艦政当局は、フランスで建造したツェザレヴィッチをボロジノ級に含めないが、同一設計であり、含めることにする。 (p43) (p44) 

 前述の様に 「ボロジノ」 型は 「ツザレヴィッチ」 の図面を元にしてロシアで設計をした物ですから、この分野の素人さんが書くものとしては “同一設計” というのも、まあ許容範囲内ではあります。

 もっとも、そうする場合には 「ボロジノ級に含める」 ではなくて、「ツザレヴィッチ」 型6隻とするべきでしょうね。

 こちらの方はいいとしても、

 ペレスウェート級4隻(ペレスウェート、ポベーダ、レトヴィザン、オスラビア、ロシア艦政当局はアメリカで製造されたレトヴィザンをペレスウェート級に含めないが、同一設計であり、含めることにする。) (p42) (p43) 

 “製造”? などというツッコミはさておき、

 一体どこが 「同一設計」 なのか? 同一設計という意味が判っているのでしょうか、この著者は? それとも、例によって何の説明もないこの著者自身の独自な定義付けによるものでしょうか?

 皆さんよくご存じのとおり、アメリカに発注され設計・建造された 「レトヴィザン」 と、ロシア国内で設計・建造された 「ペレスウェート」 型とは全くの別ものであって、同一の 「型」 「級」 に含めることなど到底出来るものでないことは “常識” のことです。

 ロシア艦政当局は含めない、などというのは当たり前のことです。 同一設計では全くないのですから、含めるわけがありません。

 この著者のようなことを言うなら、むしろ 「クニャージ・ポチョムキン・タウリチェスキー」 の方が遥かに 「レトヴィサン」 型でしょう。
(この項続く)

-------------------------------------------------------------

(注) : 『理論船舶工学 上巻』 (大串雅信著、海文堂) より引用。 因みにこの全3巻本は私が学生の時に使ったものですが、未だにこれに替わる船舶工学の解説書は出ていません。



次 : タンブル・ホームと復元力 (3)

前 : タンブル・ホームと復元力 (1)

posted by 桜と錨 at 15:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
 レトヴィザンがペレスウェート級・・・こんな「斬新な」説は初めてお目にかかりました(苦笑)この筆者、2隻の側面図を見比べた事あるんですかね?大体ペレスウェート級は主砲が25センチで全然違うのに・・・・(爆)
Posted by みほり at 2010年01月11日 01:38
みほりさん

まあその程度の知識の人が書いている本だということですね(^_^;
Posted by 桜と錨 at 2010年01月11日 15:47
断面が四角いものより丸いものの方が
クルクル回ってひっくり返りやすいと
いう印象が素人考えとしてあります・・

船の断面形と浮心位置の変化って
タンブルフォームと四角い断面形で
違ってきたりはしないのですか?

ちょっと調べただけでは分からなくて。
Posted by ひろし at 2016年11月30日 10:16
ひろしさん、初めまして。

申し訳ありませんが、お尋ねの意味がよく判りません。

>タンブルフォームと四角い断面形で
吃水より上のことでしょうか、下のことでしょうか?

まずはもう一度本項の最初から読み直していただくことをお薦めいたします。

「船舶工学の基礎 −タンブル・ホームと復元力」 (1)〜(4)
   http://navgunschl.sblo.jp/article/34551210.html
   http://navgunschl.sblo.jp/article/34568999.html
   http://navgunschl.sblo.jp/article/34592192.html
   http://navgunschl.sblo.jp/article/34610988.html

Posted by 桜と錨 at 2016年11月30日 17:26
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/34568999
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック