2010年01月04日

船舶工学の基礎 − タンブル・ホームと復原力 (1)

 ロシア戦艦で言われているタンブル・ホームの問題について、船舶工学という程までは行きませんがその簡単な理論についてご説明したいと思います。

stabi_09.jpg
( 「ツザレヴィッチ」 の船体中央横断面 (注)

 まず、

 タンブル・ホームとは舷側の下方が張り出している形をいい、重心を下げるための措置である。 (p45) (p371) 

 舷側が下方に張り出している、・・・・ ってバルジの説明じゃないんですから (^_^ ;

 この一言で、『別宮暖朗本』 の著者が船舶工学どころか、船そのものに関して “も” 全くの素人さんであることを白状したようなものです。

 逆で、タンブル・ホーム (Tumble Home) とは、船体横断面の形が上方で内曲がりになっていることを言います。

 実際の船体形状を見てみましょう。 ほぼ同じ排水量のもので、左が 「富士」 で右が 「ツザレヴィッチ」 です。

stabi_08a.jpg  stabi_10.jpg
( 左 : 「富士」  右 : 「ツザレヴィッチ」  (注)

 喫水線のやや上までは、ほぼ普通〜の外形形状であることが判ります。 そしてタンブル・ホームだからといって、そうでない艦型より別に艦幅が広い (全長に対する艦幅の比率が大きい) わけでもありません。

 実際、「富士」 型が 0.1951 であるのに対して、「ツザレヴィッチ」 は 0.1919 で逆に稍細長いのです。 ( 簡単にするため、船舶工学で使用する 「ファインネス係数」 の話しは省略します。)

 つまり、その特長は船体の下部にあるのではなくて、上方にあるのです。 ちょっと考えさえすれば、当たり前と言えば当たり前のこと。

 しかも、

 フランス人がタンブル・ホームのアイデアを発想した。 (p43) (p44) 

 タンブル・ホームとは、元々は帆船において、マストの横索具を舷側に固定するために好んで採られた方式です。 そして、鋼鉄船の時代になってからは、この方式を利用して、船体上方及び構造物の幅を狭くして重心を下げる効果を狙った、船体設計の一形式です。

 また、副次的に、艦首尾線方向への側砲の射界を確保する目的もあります。

 したがって、

 タンブル・ホームとは、近代的艦船の常識の高舷側形式と、イタリア式砲艦に代表される低舷側方式との、過渡期の型式とみなすこともできる。 (p45) 

 この文は文庫本で新たに書き加えられたものです。

 高舷側形式、低舷側方式? 高乾舷、低乾舷でしょう。 というツッコミはさておき、

 過渡期、・・・・とはどういう意味なのでしょうか? 低乾舷型から高乾舷型、あるいはその逆への発展の途中?

 とんでもありません。 これは前述の効果を狙った、フランスを主とする一つの設計方式であって、それを模倣したロシア海軍以外の諸外国海軍ではほとんど採用されなかったのですから、“みなすこともできる” わけがありません。

 当該本の “改悪” ですね。

 そして、この著者はタンブル・ホームの欠点として

 戦闘中、なんらかの原因で艦が傾斜した場合、8度を超えると砲甲板が海面にかぶり、そのまま転覆する可能性がある。 (p44) (p45) 

stabi_11.jpg
(タンブル・ホーム (p44) (p45)


 これが、タンブル・ホームとは全く関係ないことは、誰にでもお判りいただけるでしょう。 単に下層の砲甲板の位置が低いだけの問題あって、これはタンブル・ホームであろうがなかろうが同じです。

 この図が、タンブル・ホームだから 「転覆する可能性」 があるという説明には全くなっていないことは、一目飄然です。 一体何処がと言うのでしょう? (この図にある縦隔壁や遊動水の話しは、この後で。)

 しかも、この 『別宮暖朗本』 の中では、何度も盛んに 「8度」 「8度」 と、数値を出すことによってさも自分が専門知識を持っているかのような印象付けようとしていますが、この 「8度」 とは一体何に基づいたものなのか?

 実はこの著者が根拠とするものは、この本の後半に出てくる各露戦艦沈没の説明で引用している、例のプリボイの “小説” です。

 「 (前略) 司令塔にいた者はみんな、8度の傾斜が限界と言うことを知っていたので一言も発するものがなかった。 (後略) 」( 「プリボイ 『バルチック艦隊の潰滅』 )
  『アリヨール』 では艦が8度の傾斜までしかもたないことを計算していたので、回頭するさいには、鋭角的に曲がらず、大きな弧を描くようにしていた。 (p317) (p329) 

  “鋭角的に曲がらず” などと言うトボケタ表現のことはさておいて、

 このような小説に書かれた数値を何の裏付けもとらずに引用し、それに基づいた想像・妄想を蕩々と述べているのがこの著者の特色です。

 では、この著者が当該書で参考としたとして巻末に列記しているものの中に、キチンとしたものはないのか?

 いえ、ちゃんとあります。 この著者が “少壮官僚の作文” だからプリボイの小説より信用できないとする、露海軍の公刊戦史 『1904、5年露日海戦史』 の中で、7月11日付 「艦隊令第7号」 という公式文書として述べられています。

stabi_12.jpg

 8度? そんなものはありませんね。

 この著者、自分に都合の悪いものは無視なのか、あるいは全然読んでもいないのか? 唖然とします。

 それでは、そのタンブル・ホームを含む露戦艦の復元力について、もう少し船舶工学の基礎的なところから見てみましょう。
(この項続く)

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(注) : 月刊誌 『世界の艦船』 各号からの引用です。

次 : タンブル・ホームと復元力 (2)

posted by 桜と錨 at 14:36| Comment(7) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
頭でっかちの大和級でも27度とか30度と聞きますので、如何に過積載でも8度は無かろう、スカゲラック海峡を抜けた途端にバルチック艦隊主力が転覆壊滅して
東征中止?と心配していました。
tumblehomeの起源は、弓戦から接舷して移乗白兵戦で勝敗を決していた地中海のガレー船などで、漕ぎ手を水線から遠ざけ保護する、敵の移乗を難しく
する意図に発すると記憶します。
砲戦が主となっても、舷側6〜9、デッキ2〜3インチ
厚の装甲を、上すぼみの形状で面積を減し、傾斜により
実効厚を稼ぐ、総じて装甲重量を軽減する狙いでツェザ
レビッチの設計に採用されたのでしょう。仏露技術陣を
総括したイワン・グリゴロヴィッチ提督は、某著者より航海や海戦に明るいと信じます。
DDG-1000Zumwalt級駆逐艦では、凌波性を狙い衝角型艦首
が復活し、レーダー反射を抑えるためTumblehomeが採用され、温故知新の趣です。
私たち素人が為すべきは、徒に後知恵を振り回すのでは
なく、専門家の判断に至る過程を謙虚に辿って合理性の
経路を見出すことと自戒します。
Posted by wolfram at 2010年01月07日 09:45
 wolfram さん

>頭でっかちの大和級でも27度とか30度

 「大和」の復原力消失角は、満載時で67度とされています。

 因みに、旧海軍の他の大型艦艇のデータを幾つか挙げますと、次のとおりです。(基本的に総て満載時で改装後の値です。)

 戦艦 :  「長門」 67度、 「山城」 66度、 「比叡」 78度
 重巡 :  「高雄」 91度、 「利根」 99度

 面白いのは例の「友鶴」で、改造前は満載時68度ですが、軽荷の時は46度しかありません。 GM値はたったの69cm。

 これが改造により満載時117度、軽荷時93度とりましたが、GM値は75cmで6cmしか増えていません。

 しかし、改造で排水量が約50トン増え満載で835トンとなったものの、キールからの重心の高さは、改装前の3.2mに対して2.7m、50cmも下がっています。 単にGM値を大きくするだけではなく、重心を下げることが如何に重要かが判ります。

 ご参考までに。
Posted by 桜と錨 at 2010年01月07日 14:44
訂正ありがとう御座います。

27度は「レイテ沖海戦」半藤一利PHP研究所2001のP165から、35度は「証言・昭和の戦争」光人社1989所収「戦艦大和主砲指揮所に地獄を見た」小林健P49から、受け売りです。
これと同類の「バルチック艦隊の壊滅」が史料扱いでは正確を期し難いのも首肯されます。
Posted by wolfram at 2010年01月08日 09:01
同じノビコフ・プリボイ氏の小説でも20度まで戦艦が傾斜した描写があった(喜望峰通過)ので、この人は戦闘描写の辺りしか見ていないのでは?アリヨールが大損傷して水圧とかの事情で8度までしか持たないと云う描写があった(27日夜の描写)ので.
Posted by 陸軍上等兵 at 2015年02月05日 14:37
陸軍上等兵さん

>8度までしか持たないと云う描写が

今それを本頁で話題にしているのですが ・・・・ (^_^;

Posted by 桜と錨 at 2015年02月05日 21:05
いえ、某氏が参考文献としているその本のその辺しか読んでいないと言いたいのであります。
Posted by 陸軍上等兵 at 2015年02月06日 11:12
陸軍上等兵さん

読んでいる読んでいないではなく、自分に都合の良いところだけをつまみ食いしている、ということですね。

Posted by 桜と錨 at 2015年02月08日 00:20
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