2009年11月26日

艦砲射撃の基礎 − 連装砲の発射法 (5)

 さて皆さんお待ちかね、この項の最後として、笑える 『別宮暖朗本』 です。

 旅順艦隊旗艦ツェザレウィッチは独領膠州湾で抑留された結果、その被害を全世界にさらすことになった。 調査によると、12インチ砲弾は15発命中している。 ところが、このうちの 3発は1回の斉射 で与えたものである。 すなわち露天艦橋に命中してウィトゲフトを戦死させた1弾、後部艦橋を破壊した1弾、喫水線に命中し溶接部分をずらしこみ多少の浸水をもたらした1弾は、同一斉射の3弾 なのである。  主砲4門を同時に発射 して、夾叉(ストラドル)を与えたものであり(170ページ参照)、完全斉射法でなければ、このようなことはなしえない。 (p206−207) (p212−214) 
 (注) : 太字 は管理人による

 訳の判らない 「完全斉射法」 などというこの著者の “造語” や、「溶接部分」 などというふざけた記述はさておいて、

( 当時は未だ軍艦建造において溶接などなかったことは、皆さんよくご承知のとおりです (^_^) )

 たったこれだけのことで、どうして この3ヶ所に命中した12インチ砲弾が 「同一斉射」 のものであると “断言” できるのでしょう?

 ロシア側の記録に同一艦からの斉射で全く同時に命中したとの “確たる” 記録があるのでしょうか?

 ロシア側公刊の 『露日海戦史』 を始めとして、私の知る限りではそのようなものはありませんが。 もし本当にそのようなもがあるとするならば、それを提示して証明するのが先でしょう。

 ましてや、膠州湾での調査でも、それが “同時に” 弾着したものかどうかなど、“事後” に第三者では判るはずがありません。

 それ以前のこととして、既に4回に分けてご説明してきましたたように、大口径砲ではその動力の問題が主となって、各砲塔砲ごとにおいてさえ 「斉発」 は通常用いられてこなかったのですから、前後砲塔合わせての 「斉射」 など実施していないのに、です。

 何度もいいますが、この様な従来知られてきた事実に反するような内容を “誇らしげに” 蕩々と語るものの、なんらその確たる根拠を示していない のが、この 『別宮暖朗本』 での “常” です。

 この著者が自己のトンデモ主張を通すための、全くの史料的裏付けのない “妄想” としか言いようがありません。

 そもそも、この著者は別の箇所で、

 通常、弾着位置は左右に梯団状の2つのグループに落ちる ようにあらかじめ調整してある。 グループ間の距離は150メートル前後である。 これは戦艦や巡洋艦の長さが150メートル前後のためだ。 (p70) (p73−74) 
(注) : 太字 は管理人による

 帝国海軍より英海軍のグループ間距離は長く、250メートル程度だった。 これは装薬の品質管理や砲の設置整度が日本の方が上回り、狭くしても弾着位置の錯綜が少なかったためだ。 (p70) (p74) 

 と “堂々” と書いているんですが?

 もし仮にそうだったとするなら、弾着は上記の記述のように4発の 「同一斉射」 で左右が “1ヶ所” に集まるはずはありません。 この著者によれば2発ずつ左右に150メートルも離れているそうですから (^_^;

 その時その時の自分の “妄想” に自分で酔って、書いたことの矛盾に気が付かないんでしょうね。

 もちろん、この 「左右の梯団状」 などという “トンデモ話し” も、あり得るはずもない “素人さんの真っ赤な大ウソ話し” ですが (^_^;

 そんなことができるほど艦砲射撃の射弾精度が良いものだとするなら、旧海軍どころか、世界中の近代海軍が苦労などしません。

★  ★  ★  ★  ★

 更に、こうなるともう笑えるというより、開いた口が塞がらないとしか言いようがありません。 これも 『別宮暖朗本』 “トンデモ振り” の最高傑作 の一つです。

betsumiya_p206_s.jpg
( 『別宮暖朗本』 p206 (p213) より )

 絵葉書か何かの、訳の判らない不鮮明な写真を持ち出して、そのキャプションが

 黄海海戦における戦艦敷島の斉射。 手前の爆煙が後部主砲、少し開けて奥が前部主砲によるもの。 4門の主砲が同時に射撃 したことがわかる。 (p206) (p213) 
 (注) : 太字 は管理人による

 だそうです。

 こんな不鮮明なものでどうして “素人さん” に判断できるのか? それでなくても、発砲の微妙なタイミングというものは、1枚の静止画像からでは大変に判別がつきにくいものです。 特に大口径になればなるほど。

 そこで、です。 次の2つを比較してみて下さい。 右は 『別宮暖朗本』 のこの写真を左右反転したものです。

ashino_02_s.jpg   betsumiya_p206_mod_s.jpg

 同じものですね (^_^)

 この写真は、芦野敬三郎海軍教授撮影とされる黄海海戦における “超” 有名なものの一部分です。 元々のサイズのものはこれ ↓ です。

ashino_01_s.jpg
( 『日露戦役海軍写真帖』 より )

 そして、この元写真から更に当該部分を拡大したものを。

ashino_03_s.jpg

 後部砲塔は左右砲の仰角が揃っていないのがお判りでしょうか? 右砲が発砲位置、左砲が待止位置です。

 そう、本項で既に4回にわたり 証明してきた とおり、「斉発」では撃っていない のです。

 そして砲煙の濃淡具合が 『別宮暖朗本』 のものよりもっとハッキリしていますので、前後砲塔の発砲時機のズレによる、砲煙の形状の違いが明瞭にお判りになるかと。

 たったこんな写真一枚についてさえ、知らない、判らない、まともに調べていない。 その上で訳の判らない 「完全斉射法」 を実施した?  お粗末の一言。

 そしてダメ押し。 『別宮暖朗本』 で先の写真の 前頁 (文庫本では同一ページに) に掲載しているのがこの写真です。

betsumiya_p205_s.jpg
( 『別宮暖朗本』 p205 (p213) より )

 これも元々は芦野海軍教授の撮影になる、先の写真と同じ黄海海戦時の超有名な一枚ですが、これはどのように言い訳するんでしょう?

 前後砲塔の発砲のタイミングが 全く 違う、即ち斉射は行っていないことは、どんな素人さんの目にも明らかなんですが・・・・

 たった1頁前 (文庫本では同一ページ) のことでも、自分に都合の悪いことには “ほっかぶり” なんでしょうか? この著者は (^_^;

( 折角ですから、これも本来の写真を。 これ ↓ です。)

ashino_04_s.jpg
( 『日露戦役海軍写真帖』 より )

( 更にダメ押しついでに、これも拡大写真をお見せします。 ここでも後部砲塔の左右砲の仰角が異なることは明らかですね。 即ち 「斉射」 は実施していません。)

ashino_05_s.jpg

(この項続く)

posted by 桜と錨 at 12:54| Comment(5) | TrackBack(0) | 砲術の話し
この記事へのコメント
以前、多田・遠藤論争に関連して、いくつかメールで質問させていただきました。その節は丁寧にお返事いただき、ありがとうございました。

今回ブログで一斉打ち方などの実態についてさらに詳しくご説明いただき、とても参考になりました。別宮氏の著作は素人目にもツッコミどころの多い本ですが、桜と錨さんの一連の記事で日本海軍の砲術について更に理解が深まったと思います。こうした記事をブログで公開していただいたことに感謝します。
Posted by Joe. at 2009年12月04日 01:18
 Joe. さん、こん**は。

 『別宮暖朗本』 のウソ・誤りの証明は始まったばかりです。 砲術についても、これから順次、射法や射撃指揮といった肝心の部分に進んでいく予定です。

 もっとも、当該本の指摘はそのネタのためであって、本来は事実・史実をお話しすることが主眼ですので、できるだけ判りやすいものにしていきたいと思っています。

 ご期待下さい。
Posted by 桜と錨 at 2009年12月04日 18:53
黄海海戦における敷島主砲発射の写真を彩色してくれています。後部砲塔の左射手にはブザーが聞こえなかったのでしょう。
http://blog.livedoor.jp/irootoko_jr/archives/1349258.html

ツェザレビッチの被害調査の話しは、並木書房版を見たとき、調査・報告した主語が略され、非生物の艦艇が「その被害を全世界にさらすことになった。」という表現に違和感を覚えました。
緑字でページ指定が有りませんが、文庫版では流石に引っ込めたのでしょうか、少し見直そうかな。
Posted by wolfram at 2009年12月25日 18:39
wolfram さん

>後部砲塔の左射手にはブザーが聞こえなかったのでしょう。

 当時は発砲管制用のブザーなどまだありません。 そもそも砲の仰角が異なると言うことは、同一のタイミングで撃つのではないという“客観的な”証明です。 引き金を引くタイミングがずれたとかの話しでは全くありません。

>緑字でページ指定が有りませんが、文庫版では流石に引っ込めた

 まだ前の記事に遡って文庫本のページ数を入れることはしておりませんが、当該本の213頁にご説明した2枚の写真が並んで印刷されています。

>少し見直そうかな。

 文庫本を出すに当たって、少しは調べ直したとか、反省したとか、その様なことは皆目ありません。
Posted by 桜と錨 at 2009年12月25日 19:09
wolfram さん

ご要望により ↑ のとおり文庫本の頁数を入れ、関連文章も修正しました (^_^)
Posted by 桜と錨 at 2009年12月29日 10:52
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