2009年11月23日

『飛翔雲』 第3章 世界戦争時代 −その4

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第1話 捕虜とその死 (4)

 この事故を契機として、作戦の重点が、コレヒドールの補給路の封鎖に変更された。

 濠州から、セレベス海、スル海を通り、マニラに入る途中のミンダナオ島西端とタウイタウイ島の間の海峡には、無数の小さい島峡がある。 敵はこの島影を利用するのだ。

orig-150g_s.jpg
( 原著より )

 そのやり方は昼間この小島嶼群の海岸のジャングルの木蔭に潜み、日没とともに行動を起こしてスル海を渡るのだ。 コソドロの荷物運びのやり方と同じである。

 私達は、これ等の小島の海岸を虱つぶしに捜索する作戦を開始した。 これ等の島はマニラから約4百浬離れているので、セブ島に進出することになり、4月中旬、6機を率いてセブ島に進駐した。

 セブ島は、フィリピン群島のほぼ中央に在り、痩せた甘藷のような形をした細長い島である。 島内には、マンゴー、椰子、バナナが野生し、子供のこぶし程のナツメ、パパイヤも豊富であった。

 島のほぼ中央南岸に面して、セブ市がある。 中部フィリピンの中心商港都市で、戦前は人口3万以上であった。 港は懐の広い良港で、埠頭は長く水深は10米以上であった。

 私達が進駐した時には、日本軍の爆撃によって、5千噸級の貨物船が岸壁繋留のまま幽霊船のように赤い腹を露出し、港湾の機能は停止していたが、本来、フィリピン中部の最良の開港場であった。

 この港に接して、スペイン統治時代の苔むした古城址があり、巨大な城壁が南海威圧の名残りを留めていた。

orig-155g_s.jpg
( 原著より  著者のスケッチ )

 セブ市から海岸に治って、自動車で20分ばかり南西方に走ると、タリサイという冷泉がある。 この冷泉は、日本では見かけない大きい規模のもので、直径3米くらいの水柱が十数本も噴出し、時々地上百数十米も吹き上げる間歇泉だ。 広く美しいプールがあった。

 このタリサイ冷泉の対岸に、マクタン島という島がある。 1512年、マゼラン海峡を発見したマゼランが、更に世界一周を目ざして西航し、ガム島を発見し、次いで3月6日、フィリピン列島の南端に辿り着き、北上してセブに入り現在の港湾都市を建設した。

 その後、宗教戦争が起こり、452年前マクタン島で土人の毒矢に当って死んだ。 そのマクタン島は、平坦な甘藷ばかりの汚ならしい島であった。 (現在はセブ国際空港と立派なホテルがある。)

 セブ市を中心に、このタリサイと反対側に、セブ飛行場がある。 この飛行場は、セブ島の脊梁山脈の中腹のゴルフ場を日本海軍が飛行場に即成したもので、ランウェイの長さ1200米、幅100米の芝生であった。 中央部が高く、両端に約3度の傾斜があり、着陸すると、丘を駈け上がるような感じであった。 パーキングエイリヤは、マンゴーの木蔭の美しい芝生の上であった。

 この飛行場に併行してセブ山脈が走り、山脈の四合目あたりに、重犯罪人収容のための刑務所があった。 戦争が始まると、ここは捕虜収容所になった。

 以下述べる記録はセブ島の基地で以上のような作戦中に墜落した搭乗員の捕虜、脱走、帰隊と、その後の戦闘と自殺に至る経過である。
(続く)

この記事へのコメント
はじめまして、中垣達朗と申します。大変恐れ入りますが、旧セブ海軍航空隊の場所を現在の場所で教えて頂けませんでしょうか?知り合いの者が兄(予科練甲飛10期)の慰霊旅行を9月に計画しておりまして・・・
Posted by 中垣達朗 at 2012年05月29日 14:19
 中垣達郎さん、初めまして。

 セブ島の旧海軍飛行場につきましては、本連載の後半にその詳細が出てまいります。 次の回をご参照いただけるとお判りいただけると存じます。

「戦場回想−23 その2 セブ島(8)」
     http://navgunschl.sblo.jp/article/40064975.html
「戦場回想−24 その2 セブ島(9)」
     http://navgunschl.sblo.jp/article/40049277.html
「戦場回想−29 その2 セブ島(14)」
     http://navgunschl.sblo.jp/article/40174570.html

 なお、本回想録につきましては、ブログ右側に 「カテゴリ」 欄がございますので、この中の 「回想録『飛翔雲』(完)(270)」 をクリックしていただくと、この連載が最後から逆順の一連で表示されます。

 同地は戦後 「LAHUG 飛行場」 として使われていましたが、現在では再開発によりITパークになってしまっており、衛星写真を見る限りでは残念ながら道路に僅かに滑走路の跡がある程度で、その他にはほとんど当時の面影は無いようです。

 なお、携帯番号は一応個人情報ですので、念のために削除させていただきました。
Posted by 桜と錨 at 2012年05月30日 10:55
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/33818563
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック