2009年11月22日

『飛翔雲』 第3章 世界戦争時代 −その3

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第1話 捕虜とその死 (3)

 また、話が横道にそれて恐縮であるが、3月下旬、この攻撃中に事故があった。

 木塚 (忠治 67期) 中尉機が、防禦砲火のため操縦装置を撃たれ、マリベレス基地の東方約千米の海上に落下傘降下し、乗員二人がマニラ湾を漂流し始めたのだ。

 私達は全機出動して敵の機銃を制圧し、その制圧下に南遣艦隊司令部の九〇式大艇が着水して、3時間目に二人を放出した。 帰って来た二人は、僅か3時間の敵前漂流で頬と眼窩は落ち窪み、顔は真赤に焼けていた。

 木塚中尉の報告によると、彼は胃腸を悪くしていたため、その日の朝食はパパイヤを食べただけであったので、泳いでいるうちに腹が空いて苦しくなった。

 飛行服のポケットを捜すと、煙草チェリーが出てきた。 その馬糞紙 (藁を原料として作られた土色厚紙。 馬の糞は、私達の時代には田舎の路上で常時見かけたが、藁がそのまま出てきて、この紙とよく似ていたのでこの名が生まれた) の箱が、塩水にふやけて柔らかくなっていたのでそれを食べた。 とてもうまかったという。
 
 だが馬糞紙の塩漬けだけでは空腹が納まらないので、魚を獲ろうと考えた。 海面に手足を投げ出し、仰向けになって休んでいると、沢山の魚族が遊びに来て、薄いシャツの上から脇の下や足の裏を突っつくのでくすぐったい。 そっと魚に触ってみると、魚は逃げない。

 その中に30糎ばかりの真赤な奴がいたので、そ奴を食べようと思ってそっと掌の上に乗せて、肛門に指を挿し込んで料理をしようとすると、スルリと掌から逃げる。

 また別の魚を獲らえて、鰓 (えら) に指を入れようとすると、激しく怒って跳ね飛んで逃げる。 そっと両手で抱くようにしている時だけおとなしい。 人間の女性とよく似ていると言った。

 所詮、人間はナイフという道具を持っていない限り、水中で魚族と戦っては勝味はない。 人間とは道具を使う動物であるということを、肝に銘じて知りました。 と彼は報告した。 現在のパイロット達が、大きいサーバイバルナイフを持っているのは、こういう事故から生まれた教訓であろう。
(続く)

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