2009年11月17日

連繋機雷 (一号機雷) について (中編−その2)

 続いて、この連繋機雷の実戦での使用例についてです。

 連繋機雷の実戦での戦果は、実は、というか皆さんよくご存じのとおり、明治37年の考案時から昭和期までを通じて、日本海海戦の時に鈴木貫太郎海軍中佐 (当時) 指揮する第四駆逐隊の例、一つのみです。

( その他には、戦果不明ですが、“攻撃した” というならば27日夜戦において、第十艇隊の水雷艇 「第三十九号」 と 「第四十一号」 がそれぞれ1群連 (4個) を敵艦前程に敷設しています。)

 そして第四駆逐隊については 『別宮暖朗本』 でも出てきます。

 午前0時ごろ、連繋機雷をもつ奇襲隊として指定された、鈴木貫太郎率いる第四駆逐隊がナワーリンの前方に現れた。 (p322)

 すでに前編でも書きましたが、第四駆逐隊は 「奇襲隊」 ではありません。 駆逐隊の4隻全部に連繋機雷が搭載されたことにより、駆逐隊及び水雷艇隊の魚雷による夜襲が終わった後に、この連繋機雷による攻撃をすることとされていたものです。

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 そして、午前零時頃?

 第四駆逐隊は、27日午後5時頃の 「スワロフ」 雷撃のあとは、次の27日午前2時半頃の 「シソイ」 攻撃まで敵艦捜索中であり、どの艦も攻撃しておりません。

 これは残されている第4駆逐隊及び同隊各艦の戦闘詳報でも明らかです。 ちょっと長くなりますが、同戦闘詳報から関連部分をご紹介します。

4des_action_01b_s.jpg  4des_action_01a_s.jpg  4des_action_01_s.jpg

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 鈴木貫太郎はナワーリン撃沈を次のように描写している。

 「(前略)・・・・ そして敵と平行して反対の方向に走りながら 射つ のである。 これは敵の砲撃を避けるのに一番いい方法である。 そうすると見事水雷が当たった。 どうも 水雷の発した 距離を見ると朝霧が六百メートル、三番の白雲はたかだか三百メートルくらいだったから、水雷爆発の衝動を感じた。 ・・・・(後略)」(『鈴木貫太郎自伝』)

 二つの駆逐艦でロープを張り、機雷二個をつなげ、そのまま前方に突撃する連繋機雷攻撃法が見事に成功した例だろう。(188ページ参照) (p322−323)
  (注) : 赤色 は管理人が付けたものです。

 笑えますね。  「射つ」 「発した」 とチャンと書かれているのに、どうしたらこれがロープで曳航する機雷になるのでしょう (^_^;)  多少とも海軍についての知識がある者ならば、そんな解釈は “絶対に” 出てきませんが。

 そして戦闘詳報のとおり 「スワロフ」 攻撃においては、射距離600メートルと300メートルとの2回雷撃しており、この内の後者で1発の命中を確認していますが・・・・ 「ナワリン」 攻撃? 「白雲」?

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( 第四駆逐隊戦闘詳報より )

 前出の戦闘詳報にもあるとおり、第四駆逐隊は 「ナワリン」 を攻撃しておらず、しかも 「白雲」 は27〜28日の海戦では魚雷は1発も撃っていません。 これは鈴木貫太郎自身が提出した報告書です。

4des_shirakumo_02_s.jpg4des_shirakumo_01_s.jpg

( もっとも、27日の聯合艦隊司令長官の戦闘詳報では、「ナワリン」が第四駆逐隊の連繋機雷で触雷・沈没したとの文が出てきます。 もちろん、これは爾後の分析によって、第四駆逐隊によるものでもなく、また連繋機雷ではなく魚雷によるものとされています。)

  昭和43年初版の「自伝」 だけしか見ておらず、史料による裏付けを何も取っていないんですねぇ、この 「歴史評論家」 さんは (^_^)

 この攻撃のあとの午前2時、鈴木はさらにシソイにも連繋水雷攻撃をかけた。 この攻撃も成功したが、沈没せず、シソイは自力で航行をつづけた。 (p323)

 この 「シソイ」 攻撃が、史上唯一の連繋機雷敷設による戦果です。 が・・・・

4des_sissoi_01_s.jpg
(第四駆逐隊戦闘詳報より)

 この航跡図を見て、どうやったら2隻の駆逐艦でロープを張った攻撃運動になるのでしょう?

 「シソイ」 “にも” ではなく、またこの著者がそうだと言う “トンデモ連繋機雷攻撃法” でもありません。
(この項続く)

(注) : 本項で引用した各史料は、総て防衛研究所図書館史料室が保有・保管するものからです。 なお、赤線は説明の都合上管理人が付けたものです。


posted by 桜と錨 at 19:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
http://kiyotani.at.webry.info/200510/article_30.html
 2005年に「世界の艦船」誌に執筆されている多田智彦氏が「軍事研究」誌でこの本にツッコミ入れてるんですね。やっぱり分かってる人にはすぐにバレる様ですが・・・それをそのまま発行し続けている所が悪質と言うべきでしょうか。
Posted by みほり at 2009年11月23日 18:14
みほりさん

>多田智彦氏が「軍事研究」誌でこの本にツッコミ

 05年11月号で、本家HPの方で書きかけになっている 「砲術あれこれ」 のネタの一つですね。

 当該号は 『別宮暖朗本』 だけでなく、遠藤昭氏などを採り上げていますが、むしろ別宮本などは 余りにも “程度が低い” として、まともな相手はしていませんね。

 私も全く同感で、これほど酷い本はちょっと他にはないのでは、と思っています。 本当はこんな本などに構っている暇は無いのですが・・・・

 とは言っても、最近でもこの本の書評として 「良い本だ」 とか 「良く判る」 とかをネットにUPする素人さん達が後を絶ちません。

 ですから、このトンデモ本を 「素材」 にして、“徹底的に” この本の嘘だらけを実証しつつ、史実、事実を解説していきたいと思っています。
Posted by 桜と錨 at 2009年11月23日 19:36
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