著 : 高橋 定 (海兵61期)
第9話 月月火水木金金 (1)
昭和14年9月中旬、航空母艦 「龍驤」 で夜間着艦中、航空事故が起こった。
艦隊訓練での事故は珍しいことではなく、毎月1、2件はあったし、この時の事故も死者はなく、重傷2人、軽傷3人、九七艦攻1機大破、クラッシュバリケード折損、甲板、エレベーター小破という内容であったが、特にこの事故を取り上げるのは、その事故原因が普通の場合と変わっていたことと、この事故の経過の一部始終を、私が第三者の立場で公正に見ていたからである。
ところで、艦隊訓練中の事故は、「月月火水木金金」 と言われた艦隊訓練とは一体どんなものであったかということを知らないとよく解らない。 それを簡単に説明しておこう。
昭和14年度の連合艦隊の第二航空戦隊の二番艦 「龍驤」 (注T図参照) とその急降下爆撃隊の訓練は、次のようであった。

( 原著より )
昭和13年12月、母艦乗組の一般乗員と、搭乗員、整備員の入れ替えがあって ( 補充交替 と呼んだ)、その構成は、次のようになった。
一般乗員
前年度来組中の者約1/3が転出し、若い未経験者がこれに代った。
搭乗員 (操縦員27、偵察員27名)
艦隊乗組経験3年以上、飛行時間2千時間以上 …………… 2/6
同上2年以上、飛行時間千時間以上 …………… 3/6
艦隊未経験者、飛行時間7百時間以上 …………… 1/6
整備員
7年以上の経験者 …………………… 約1/2
兵器員
7年以上の経験者 …………………… 約1/3
12月下旬に補充交替を終え、正月7日、14年度の訓練に入った。 母艦は呉を母港とし、内海で単艦訓練 (一艦独自の基本訓練のこと)。 トンボ釣り の駆逐艦 (母艦の後方6百米に常に随行して飛行甲板からこぼれ落ちる飛行機を拾い上げることを主任務とする) も呉方面で同じ訓練。
航空部隊は、宮崎県富高町 (現日向市) に基地を設定して着艦のための基礎訓練を始めた。

( 富高航空基地の元所在地 元図 : Google Map より )

( 終戦後の米軍航空写真より )
余談になるが、母艦の飛行機が陸上の基地で訓練をやる場合、その基地を 作業地 と呼んだ。 作業地は艦内と同じ扱いで、外出は許されず、日曜、土曜はなかった。 だから 「月月火水木金金」 という言葉が生まれたのであった。
作業地で最も困ったことは雨の日の生活であった。 雨が降って訓練ができないと、隊員達は栄養の多い料理を食べて、非人小屋のような隊合の中で、泥土と水溜りのできた飛行場を恨めしそうに見るばかり。 雨天体操場もない。
酒好きの者は、隊合の一隅で酒盛りもできたが、酒嫌いは時間を持て余してゴロゴロ寝るばかりであった。 紅燈が隊合の窓越しに見えたが脂粉の香は禁断の木の実だし、バクチは禁止だし (マージャンは禁止であった)、碁、将棋とブリッジで賞品稼ぎするくらいが関の山で、暇があり過ぎると逆に読書もできないのであった。
航空部隊は前半1か月半が定着 (幅20米、長さ100米の中に三点着陸)、推測航法 (昼間洋上3百浬単機)、小隊編隊、急降下爆撃、小隊吹流し射撃、空戦 (艦爆対艦爆)、計器飛行 (三角コース約1時間) で、後半1か月半は、降爆、定着、接艦、着艦で、これで平易な昼間着艦 (急速着艦 (注U) を除く) が可能となり、爆弾散布状況 (注V) は左右約60米、前後約100米に安定するのであった。
そして3月下旬、航空部隊全機が母艦に収容され、初めて母艦乗員と搭乗員、整備員が、航空母艦龍嶺を共通のわが家として会同し、この年度を通じて運命を共にすることを、互いに確認するのであった。 これが 第一期訓練 であった。
(注U) 急速着艦収容要領
(1) 着艦機が横張り索に掛かって停止する。
(2) 偵察席で把柄を引くと着艦フックが外れ、飛行機は自由になる。 整備員がそれを操縦者に旗、又は電灯で知らせる。
(3) 操縦者は甲板を滑走し、倒されたクラッシュバリケードの上を滑走して前部エレベーターの上まで進み、そこでエンジンを停止して、乗員は飛行機から降りる。
(4) 飛行機が倒されたクラッシュバリケードを越えた瞬間に、クラッシュバリケードが立つ。
(5) 次の飛行機が着艦する。 バリケードを境にして後部で着艦、前部で格納収容が行なわれるわけだ。着艦間隔は三十秒乃至一分。
(6) エレベーターが下りきると、その天蓋は飛行甲板の一部になる。 横張索とバリケードは電機と油圧の連動式であって、倒立はボタンで行なわれ、費消時間は約一秒。

( 原著より )
(注V) 急降下爆撃散布公算誤差 (公誤)
平穏な気象条件の下で、最優秀乗員が、同じ爆撃法で、数百回降爆を行なって得た弾着散布状態を言う。 横須賀航空隊で行なうことになっていた。

( 原著より )
(1) 全弾着数の兄が散布する面積を中心部にとる。(斜線の部分) 公誤は進入方向に対して前後 30米(計60米)、左右15米(計30米)となった。 (機種別に約10%の開きがあった)
(2) 平面図にすると斜線内に50パーセントが弾着したわけだ。 従ってこの公誤は、機種、弾種、照準器の種類爆撃法 (投下高度、降角等)、人間の能力限界等による不可避誤差を示す。

( 原著より )
(続く)