2009年11月12日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その60

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第8話 南寧整備隊 (10)

 さて、急いで八とう嶺に向かった救難隊の中村整曹長と竹中上整曹は、帰隊後、私に次のように報告した。

 竹中隊のトラックは、南寧郊外を北に向かって12、3分走ると、突然道路が無くなって、行く手に広い黄土地帯が開けた。 しかし、小高い所は地面が堅く十分トラックが走れるので、監視中の飛行機の見える方向に直進することにした。

 ところが、約30分進んだ時、突然大地の底を流れる満々たる大河に突き当った。 西江の本流であった。

 この大河の左岸を上流に向かって走ること約20分、飛行機から段々と遠ざかるので、彼はトラックを止めて思案をしていると、本隊が追いついて来た。

 そこで、中村と竹中は相談した。 この大河を渡れば仏印に行ってしまうから、もう少し上流に行ってみようということになった。

 暫く行くと、湖のような游水路があった。 また、巾2千米、長さ数千米もある地割れの底に水が溜っている所もあった。

 そして困ったことに、游水路や地割れには人工の堤防がないので、どの方向に曲っているのか見通しがつかないし、大池に傾斜がないのでどちらに流れているのかも解らなかった。 監視機が飛んでいるのは見えても、その直下に行けないのである。

 二人は、思案に余って民家を捜そうと考えた。 中国の民家の周辺には大樹の森がある筈だ。 二人は2、30米くらい小高い台地を捜して、そこに登って四周を見回したところ、森が見つかったのでそこに向かった。

 約30分トラックを走らせて辿り着くと、そこには樟と竹林に囲まれ、桃園のある農家が7軒あり、老夫婦が住んでいた。

 竹中は、持参の仁丹とキニーネを一人の老人に進呈した。 すると室内に招ぜられたので、改めて、酒と航空糧食を台所に運ばせた。 そして、手振りと筆談で飛行機の飛んでいる方向に行きたいから、誰か道案内がほしいと頼んだ。

 進物の効力は覿面 (てきめん) であった。 やがて13、4歳の少年が現われ、案内してくれることになった。 竹中は屈強な者10人を選んで、少年の案内で現場に向かった。
(続く)
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