2009年10月13日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その31

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第5話 南支仏印作戦異聞(2)

 私達は当てもなく歩いた。 戦争も平和も我関せず焉と、今日を生き抜くことに懸命な行商人の雑踏が、頭のテッペンから飛び出してくるような素頓狂な甲高い掛声をかけながらニンニクの匂いを撒き散らす様は、強靭な生命力そのもので、戦争を嘲笑しているようであった。

 そんな中に天秤棒を担いで、反動を利用しながら軽快に大股に歩を運ぶ野菜売りの老人が故郷の村人と寸分違わないのを見て、思わず 「おじさん!」 と声をかけようとしてハッとするのであった。

 私と彼等は、頭型が違うとか、骨格も血液型も指紋も違っているし、言語も神話も民俗一般も異系列で、人種が違うのだとは思えず、祖先が同じだとの思いが自然に滲み出てきて、異国の戦場にいることを忘れ勝ちになるのであった。

 私達はとある街角の、通りを見降ろす汚い支那料理店の二階に上がった。 神戸にいたことがあるという店の主人が私達を日本語で歓待した。

 豚と鱶と家鴨とエビの料理で、飲み物は老酒であった。 広東菜は北京菜と違って日本人の舌に合う。 私達は満腹し蕩然と酔って、ワンポツ (人力車) に乗って隊門まで帰った。

 こんなことが4、5回続いた頃であったと思う。 私達が行くと、二人の娘がサービスに出るようになった。 この二人の娘は、丸顔の二重瞼で、クリクリ動く目の、美人ではないが日本人そっくりの16、7歳の娘であった。

 日本の飲み屋の女と違って、絶対に酌をしないし、料理の運びにも、彼女達の着物の裾が私達の軍服の端に触れることもないし、初対面の男性に対する中国人らしい儀礼をよく守っていたが、若い中尉達の熱い視線を受けて、ほのぼのとした微笑を返す様を見ていると、彼女達の血と私達の血とは、どこがどう違うのか解らなくなるのであった。

 私は考えた。 隊員達の旺盛な食欲はこれで十分満たされるだろう。 しかし、性慾の問題は解決されていない。 このような娘達に会うことは、果して適切であろうか? いい機会があったら、隊員達と話してみる必要がある。

 その日は天長節であったので、艦爆隊全員の祝宴をやった。 士官15名、下士官・兵約百名であった。 酒が廻ると、私が質問するまでもなく、外出中のエピソードが暴露されたり、いろんな恋愛の話が出始めた。

 恋人が高峰三枝子であったり、南寧の食堂の娘であったり、中には、自分が今までに日本で会った理想型の女性を、それが人妻であろうと、高嶺の花であろうとお構いなしに自分の恋人に仕立てている者もあった。 全く他愛のないようで、どこか迫りくる強さがあった。

 私は少なからず危険を感ずるのであったが、しかし、パン助宿 (日本人の戦場の公娼) に繁々と出入することを奨励するわけにもいかず、と言って、外出 (一週間に二日昼間のみ) を禁止したり、軍票 (占領地城に通用する紙幣) を制限しようとまでは決心がつかなかった。

 別の手段で、隊員に華やかで柔らかく繊細なものを与えてやらねばならないのだ。 褌一つで大汗かいて餅をついたり、野球をやったり、酒のガブ飲みをして体力を発散させるだけでは駄目なのだ。
(続く)
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