2009年10月03日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その24

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第3話 闘  魂 (2)

 しかし、三日目に事故が発生した。 私の三番機が固定銃銃撃後引き起こしの時、脚を塹壕の土手に激突し、両脚を吹き飛ばして敵味方の中間に胴体で滑り込んだ。 私は急いで附近敵陣地の制圧のために急角度の銃撃を繰り返したが、引き起こしが激しすぎて私も下翼下面の翼布が破れ、爆弾の破片で昇降舵を破損し、飛行困難となって戍基地に不時着した。 二機が同時に事故を起こしたのである。

 公大からは、隊長が全機を連れて急いで出撃し、戦線を制圧した。

 陣地不時着の搭乗員は、味方の老兵に助けられた。 両足を折り肋骨を砕き、顔面はガラスで頬を切り割き重傷であった。 私が戍基地で心配している時、老兵達に運ばれて戍基地の野戦病院に収容されたが、送って来た老兵達がベッドをのぞき込んで泣いた。

「 わしらの命の恩人がもし死んだらどうしよう。」 と言った。
「 わしは故郷で井戸堀りをしています。」 とも言った。

 老兵は私の父よりも年配に見えた。 素朴で正直で、誠実な老人達であった。 乗員を救出する時、敵から随分射たれたらしいが、「 中国兵の弾なんか当りませんです 」 とキッパリ言った。 この老兵が、中国の若者に逆襲されて銃剣の下に斃されてはならないと思った。

 続いて事故が起こった。 同期生疋田外茂中尉の陣地突入である。 原因は私達の場合と同じであった。 しかし、私達は攻撃を緩めようとは思わなかった。 脚タイヤで塑壕の土を削り、弾がなくなると機上から弾倉を投げて戦った。

 基地では、整備員が翼の下で握り飯を頬張りながら燃料を補給し、兵器員は爆弾、機銃の充填に真黒になった。 目は血走り、歯を喰いしぼっての奮闘であった。

 こんな戦闘が一週間ばかり続いた頃、中国兵の後退が始まった。 そして或る日、夜が明けたら敵の戦線は空っぽになっていた。

 翌日、疋田大尉の遺骨の収集に行った。 呉松クリークに沿って索したが、なかなか見つからない。 西方には懐かしい蘇州があるが、嫌な支那犬が遠吠えしている。

 支那犬には舌の真黒いのがいて、そ奴が狼のような眼光で背中の毛を逆立てて唸り、日本人に対する激しい敵愾心を見せる。 こ奴は戦友の死肉を喰う奴だ。 思わず拳銃に手をやると、一目散に逃げる。

 数軒の農家があった。 敗残兵がいるかも知れないと警戒していると、老女が現われた。 無表情な痩せた長身の女であった。 破れた綿服を纏い、髪を引きつめて藁で結んでいた。 油断していると、こんな老女が突然手榴弾を投げてくるという。

 昨日も、こんな老女に陸兵三人が殺されたということであった。 その時は、女をその場で射殺したそうだが、表情一つ変えなかったという。 そんな敵愾心がどこから生まれるのであろうか。 私はこの老女にもそれを感じた。
(続く)

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