2009年09月29日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その20

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第2話 猪突猛進 (9)

 初旬であった。 私達艦爆隊が、南京の手前五十浬の揚州附近を通過する頃、私達の直上を飛んでいた南郷部隊は、敵に向かって進撃して行った。 私達が南京下関に突入する5、6分前に、南西方向から進撃して来た敵戦闘機と南郷部隊の空戦が始まった。 私は手に汗を握って、南郷部隊の武運を祈った。

 やがて、何組かの卍戟が始まり、宙返り二、三回で、追跡された飛行機が火を吹いて落ちて行くのが見えた。 それは、子供の画いた絵のようで、瞬く間の勝敗であった。

 攻撃を終えて公大に帰り、司令官に対する南郷大尉の報告を聞いていると、彼は、

 「 二小隊の〇〇中尉と〇〇兵曹が特に奮戦した。 撃墜は合計〇機くらいと思います。 終り!」

 と、それだけだった。

 彼の乗用機には、弾痕が十数発あって激戦の跡を止めていたが、その報告はせず、前かがみに、モッサリと歩み去って、早めに宿舎に帰って行った。

 就寝前、彼の部屋を訪れると、

 「 中国空事は、戦意が強すぎて、技量がそれに伴っていない。 最悪だと思う。 私が中国軍だったら、日本の戦闘機とは、今は戦わない。 それが兵法というものだ。 敵の中に一人だけ技量抜群の奴がいたので、そ奴を追っかけ廻したが、逃げられた。 そ奴は、もしかしたら、毛唐であったかも知れない。」

 と言った。

 闘志ばかりが先行して、技量が伴わなければ、消耗ばかりで戦果は挙がらない。 また、闘志と技量が伴っていても、敵を知らずに猪突猛進すれば、戦果は挙がらず、味方は徒労に終るばかりだ。

 敵を知り、己れを知って戦え、と彼は言っている。 兵法の初歩であるけれど、敵機の前では、それが解らないと彼は教えているのだ。

 また、敵の集団と戦う時は、中核を倒せば後は烏合の衆となるから、その中核をよく判別して、徹底して衝けと教えたのであった。



 11月5日、新しく陸軍3個師団 (六、十八、百十四師団) が、杭州湾金山衛に敵前上陸をすることになった。

 陸軍が金山衛を占領するためには、その城壁を爆破しなければならなかった。 私は、その城壁爆破の命令を受けた。

 11月3日、金山衛の事前偵察に行った。 そこは寧波 (にんほー) 港と天台山 (1138米) の中間であった。 天台山麓を降って杭州湾に出て、金山衛の城壁を見ると、巾約15米、高さ10米の土塁であった。

 この土塁に穴を開けるには、6機が必要であった。 私は公大に帰り、精兵6機を編成し、2日後の陸軍の上陸を、今や遅しと待った。

 私達艦爆隊は、今まで、陸戦協力というものに少なからず戸惑っていた。 というのは、塹壕戦は相手がよく見えず、爆撃しても戦果は全く解らないし、南京攻撃の場合でも同じで、爆煙天に押し、大戦果を挙げたと思っても、次の攻撃に行ってみると、広大な大地には何の変化も見えないのだ。 陸上攻撃というものは、大地に杭を打つようなもので、力は入るが戦果は全く解らない。

 ところが、この度の金山衛の城壁爆破は、同じ大地を攻撃するのではあっても、穴を開けたら、そこを私達の同胞が突入するのだ。 今までの陸戦協力とは違って、戦果の確認できる爆撃だ。
(続く)

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