2009年09月28日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その19

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第2話 猪突猛進 (8)

 その頃、〇下大尉に代って、南郷茂章 (もちふみ) 大尉が着任した。

 南郷大尉は、一晩中大鼾をかくことが解ったので、着任後3日目に、私達の隣室に引越して来ることになった。 江草大尉は鼾をかかないので、二階に降りてもらった。 これで私達は安心して休めるのであった。

 話が横にそれるが、南郷大尉の引越しには嬉しいことがあった。 それは、彼が 「虎徹」 の名刀を持っていたことであった。

 この虎徹は、当時、日本の刀剣鑑定の権威者、京都の本阿弥に目効きをしてもらったもので、本阿弥のサインのある小さい和紙のかんじんよりが、鍔に付けてあった。 正真正銘の虎徹の名刀というわけだ。

 彼は、三階への引越しの挨拶代りに、その名刀を私達に見せてくれた。 私は鞘を払った瞬間に、何となく、近藤勇の持っていたものも、こんな名刀であろうと思った。

 「磨ぎ」 の跡はなく、地膚が暗紫色に深沈と澄み、肉厚の重みと 「反り」 も良く、切っ先は、名工の生命を宿して、鋭く冴えていた。 刃紋に馥郁 (ふくいく) たる匂いがあって、殺気を柔らかく包み、峰を見ると、三線が切っ先に集まるあたりに直線と曲線の融和があって、美の極限を示しているように思った。

 鍔は角鍔で、金象眼が施され、鞘は漆黒で、刀身をぴたりと収め、鯉口を切る時にも、徴かな音も立てず、無言の気合を発するのであった。 名刀の味とは、このようなものかと感じ入るのであった。

 南郷大尉は学習院の出身で、2年間英国駐在武官を勤めた人だから、謹厳な気難かしい英国型紳士だろうと警戒していたが、彼の紳士ぶりは、毎朝、ゾルゲンのかみそりで、濃い髭を丁寧に剃ることと、ちぢれ毛の頭髪に櫛を入れることだけであった。

 いつも背を丸めてガニマタで歩き、世辞にもスマートとは言えなかったが、人懐っこく、豪放で、頭が鋭く、名刀虎徹の味とそっくりの人柄であった。

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( 原著より  南郷大尉 )

 10月に入って、私達艦爆隊が、南京を強襲して敵戦闘機を誘い出し、南郷部隊がそれを撃滅する計画が樹てられた。
(続く)

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