2009年09月26日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その17

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第2話 猪突猛進 (6)

 次の弾は、艦攻の上翼に当り、破片が胴体に穴を開け、燃料が漏り始めた。 私達は兵器庫から飛び出し、必死になってタンクの破口にボロ布を詰めたが、燃料の漏洩は止まらなかった。 そこで、燃料のしたたり落ちる地面に、飛行機係止用の金杭で穴を堀り始めた。 もう3百を数える余裕はなかった。

 砲弾は同じ穴に落ちる公算は少ないから、漏れた燃料を拡散させないようにすればよいと判断し、穴を深く堀り続け、漏れるガソリンを地下深く渉み込ませ、消火液を一緒に流し込んだ。

 次の弾着は、2弾とも、70米ばかり離れた校庭に落ちた。 次の弾が私達の堀った穴に直撃しないようにと祈りながら、兵器庫の中で夜の明けるのを待った。

 午前4時、夜が白々と明ける頃、薄明の中に燃料ドラム缶が林立しているのが見えたので、改めてぞっとした。 砲撃は止んだ。 擲弾砲を、飛行場近くまで密かに運んだ敵に、激しい怒りを覚えるとともに、火災にならなかった幸運を神に感謝した。

 その朝7時頃、私は隊長に続いて呉淞の塹壕の偵察攻撃に出発した。 敵が見えたら、昨夜の報復に、爆弾と機銃を叩きつけてやろうと気負っていたが、塹壕というものは、荒野の中にみみずが這っているように見えるばかりで、敵も味方も見えない廃墟のようであった。

 仕方がないので、陸軍の要求する指示標のとおりに爆弾を落として帰った。 昨夜の仇討ちを果たせなかったのが無念であった。 (これが生まれて初めての爆撃であった。)

 翌日の夜中にも、榴弾の攻撃を受けたが、昼間に爆弾、燃料ドラム缶を倉庫に格納し、飛行機の燃料は落としていたので、眠ったまま夢の中で弾道音を聞いていた。

 しかし早朝、飛行場に行ってみると、艦爆2機が小破していたので大いに憤激して、急いで戦線に飛んで行って、100米以下に降りて塹壕をよく偵察し、何とかして仇討ちをしようと焦ったが、相変らず敵は一兵も見えなかった。

 4、5日間は、敵にやられっ放しで過ぎて、9月14日、陸軍3個師団が前線に増勢され、全戦線は活発となり、戦機は熟してきた。

 この機会に、是が非でも仇討ちをしようと焦慮するのであったが、敵は私達のいらだちを知ってか知らずか、15日夜半、砲撃目標を変更して私達の宿舎群を砲撃し始めた。

 その1弾は、私達の隣家の三階宿舎に命中し、屋根を砕き、押入れの上で止まった。 盲弾であった。 整備員のいる支那家屋にも2弾落ちたが、支那家屋の屋根は厚いので、被害は無かった。

 その翌晩も、宿舎群が砲撃された。 その時も、直接の被害はなかったが、私の階下に眠っていた戦闘機の〇〇大尉が、砲撃が始まると毛布をかぶって地階に逃げようとして、階段の途中で転んで足を捻挫した。 このため、〇〇大尉は、飛行機に乗れなくなった。
(続く)

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