2009年09月20日

『飛翔雲』 第2章 日中戦争時代 −その12

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第2話 猪突猛進 (1)

             「艦爆隊の歌」

                一、 妖雲低く乱れ飛び
                      狂風飄々吹き荒ぶ
                   嵐の空に雄々しくも
                      降魔の翼羽搏ける
                   あゝ猛き哉艦爆隊


                二、 熱風氷雨の荒れ狂う
                      七つの海に敵を見ば
                   たぎる血潮は火と燃えて
                      今ぞ翳さん破邪の剣
                   あゝ聖き哉艦爆隊


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( 原著より   左から 坂元大尉、南郷大尉、
  田中大尉、江草大尉、小川中尉、高橋中尉 )

 昭和12年8月9日、上海陸戦隊所属の海軍中尉大山勇夫が、中国軍に殺害されたのを契機として、北支における日・中の紛争は上海に飛び火した。

 8月中旬、中国は上海附近に5万 (中央軍3万、地方軍2万) の大軍を集結し、上海駐在の日本海軍陸戦隊4千の部隊を包囲したが、陸戦隊は全滅を覚悟して、上海市閘北 (ざほく) の拠点を死守して退かなかった。

 8月15日未明、海軍航空隊 (中攻隊) は南昌を渡洋爆撃して、孤立した陸戦隊を支援した。 8月23日、陸軍2個師団 (三、十一師団) は、上海市北方10浬の黄浦江河口呉淞 (うーすん) 地区、及びその北西20浬に敵前上陸し、上海周辺の制圧に乗り出した。

 こうして、日中両軍は、上海市閘北を起点とする30浬の円孤状の塹壕戦線に対峠し、中支における本格的戦闘が開始されたのであった。

 これに応じて、私達第十二、第十三海軍航空隊は、急拠、上海方面に進出することとなった。

 私達が展開する特設航空基地の設営には、日本陸軍が、上海方面の占領地城を拡張しなければ、必要な土地面積が得られない。 9月初旬になって、日本陸軍が内陸に前進したので、日本海軍は、やっと上海に特設航空基地を設営することができた。

 そして、9月5日、第十二航空隊の艦爆18機 (常用12、補用6、以下同じ)、艦戦18機、艦攻18機が進出し、9月9日には、第十三航空隊の艦爆9機 (常用6、補用3)、艦戦18機、艦攻18機が、遼東半島周水子から済州島、大村を経由して進出して来た。

 続いて、9月11日、陸軍3個師団 (九、十三、百一師団) 及び台湾満州の重装備部隊1個旅団と独立3個大隊が、上海市北方に増派されて戦線に加わった。

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( 原著より  上海付近戦線図 )

 これに対し、中国は9月中旬、60万の陸軍を上海方面に動員し、空軍を南京方面に集結した。 そして蒋介石は、「中国全土のどこかに、自由のあるところが残されている限り、最後まで戦う」 と撤底抗戦を声明した。 こうして、戦争は大きくエスカレートして、「北支事変」 は 「日支事変」 へと発展して行ったのであった。
(続く)

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