2009年09月05日

艦砲射撃の基礎 − 「苗頭」 について (続)

 さて、その 「苗頭」 ですが、『別宮暖朗本』 では次のように説明されています。

 長距離射撃をやるためには、旋回手や俯仰手のカンや暗算に頼ることはできなくなり、どこかで距離や苗頭を計算する必要が出てきた。 (p64)

 長距離射撃で命中させるには、まず苗頭を正確に把握する必要がある。 苗頭とは次ページの図における 「β マイナス α」 である。 (p64)

 自艦は C の位置で黒艦を射撃したいとする。 C にいるときには黒は A の位置に見えるのだが、実際には(A)灰色艦にあるものとして射撃せねばならない。 (p64)

 これはクレー射撃をやるとき、マトの飛んで行く少し先を狙わないと命中しないのと同じ理屈である。 (p64−65)

 (A) にいた灰色艦に命中したとする。すると次の射撃のとき (12インチ主砲であれば2分後)、旋回手は今の砲位置からどの程度変更せねばならないだろうか? (p65)

betsumiya_drift_p65_s.jpg
( 苗頭 (びようとう) ←ママ ) (p65)

 「苗頭」 の定義は既にご説明したところですが、皆さんは 『別宮暖朗本』 のこの図と記述で 「苗頭」 が何であるのか理解できますか?

 できるわけはありませんよねぇ。 デタラメなんですから (^_^;

 既に皆さんは理解されたように、早い話 「苗頭」 というのは照準線に対して筒軸線を左右にどれだけずらすかということですから、これでは全くトンチンカンな話しになります。

( 「筒」 は例によって替え字です。)

 そもそも角度 「α」 や 「β」、そして 「α−β」 なるものが何なのか? 全く意味不明です。

 皆さんももうお気づきと思いますが、どうも著者はこれをもって 「見越」 の話しをしているらしい、と推測されます。 が、それにしてもこれではその 「見越」 の説明にもなっていません。

 要するに、何度も書いてきました 「照準」 「測的」 ということを全く理解していないから、こんなデタラメな文章や図しか書けないのです。

 長距離射撃となれば、これでは間に合わず、砲術将校が計算せねばならなくなった。はじめは幾何学や三角関数の教育を受けた砲術長をトップとした砲術将校が、航路指示器を使って、苗頭を算出した。航路指示器は発明者の名前をとりバッテンバーグ・インジケーターと呼ばれ、イギリス海軍には1890年ごろ導入された。 (p65)

betsumiya_battenberg_p66_s.jpg
(バッテンバーグ・インジケーター) (p65)

 だから1904〜05年の日露戦争で日本海軍もこれを使って “苗頭計算” をやったとでも言いたいのでしょうか?

 この航跡指示器なるもの、正式名称は “Battenberg Course Indicator” といいます。 次のURLなどでも詳細に紹介されていますのでご参照下さい。

( しかも、『別宮暖朗本』 にある図そのものズバリが掲載されていますので。 )


 この著者はこの史料を見ていながら、これの使い方さえ読んでいないのでしょうか? この 「航跡指示器」 などを使って、いったいどうやったら 「苗頭」 が計算できるのか? そんなことができるなら是非ご教示願いたいものです。

 そもそも 「苗頭」 というのは “弾道” に関するものですから、それには 「射表」 がなければ算出できません。 各砲種に対応した 「射表」 がこの “Battenberg Course Indicator” のどこに設定されているというのでしょうか? 最低限、「自艦運動」 「的運動」 「風」 「定偏」 の4つの射表値が必要なんですが?

 この “Battenberg Course Indicator” というものは、艦がある運動をするためには針路や速力をいくらにすればよいか、とか、相対風を何度に受けるためには艦の針路・速力をどうすればよいか、などといったことを簡単に算出するための器具です。

 しかもこれが無くても、これで出来ることは “全て” 「運動盤」 (Maneuvaring Board) と呼ばれる “たった一枚の紙” の上で、三角定規とコンパス、デバイダー、それに鉛筆があれば簡単に作図することができます。 そういう機能のものなのです。

manu_board_01_s.jpg
( 運動盤の用紙例 )

( 余談ですが、この運動盤、今でも占位運動訓練などで頻繁に使いますので、海自の初級幹部にとってはこれの使い方 (作図の仕方、= 「運動盤解法」 と言います) は必修のものです。)

 それに、苗頭の計算というものは、こんな器具を使わなくても、測的や風の測定などがキチンとできてさえいれば、「射表」 を使って簡単に出すことができます。 射撃指揮装置など無かった当時、艦砲射撃そのものがそれで十分間に合うレベルだったのです。

 これも何度も書いてきました 「測的」 「見越」というもの、そして 「苗頭」 というものが何等理解できていない故の “妄想” の産物なんでしょうね。

 なお、「射表」 を使ってどうやって 「苗頭」 を出すのかをまだご存じない方は、本家HPでご説明しておりますのでそちらをご覧下さい。 ( 『砲術講堂』 → 『射撃理論解説初級編』 → 『弾道修正』 → 『射表の使い方』 )

 砲手の仕事は弾丸の装填だけになった。 おそらく第二次大戦に従軍した水兵で苗頭という言葉を知っているのは、駆逐艦乗りだけだろう。 (p73)

 今日においてさえ、海自の射撃関係員なら誰でもよく知っているどころか、日常的に使っている用語を、ですか? (^_^;

 もうここまでくると、ロクに調べもせずにモノを書くという、驚くべき “無知” と “怠慢” の産物と言わざるを得ません。

( 最後の引用文はまた後でも出てきます。  “たったこの一文だけで” 既にご説明してきた 「照準」 「苗頭」 「測的」 「見越」 「射撃計算」 などについてこの著者が全く判っていないだけでなく、艦砲の 「操作」 や 「管制」 についても全く知らないことを暴露しているからです。)
(この項終わり)

posted by 桜と錨 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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