著 : 高橋 定 (海兵61期)
第5話 キッスマーク
昭和初年。 留学中の日本海軍飛行将校が、ロンドン市上空で空戦訓練中に空中火災を起こし、燃える飛行機をロンドン市郊外まで操縦した後落下傘降下し、パイロットは火傷したが市民を災害から放った事件がある。
英国女性から大もてにもてた加藤大佐(当時大尉)の事件であるが、昔の人は自分の事故は一切話さない癖があるので、私は加藤大佐に1年余も横須賀航空隊で仕えながら、詳しい話を承ったのはいよいよ大佐が横空を転勤される数日前であった。
加藤大尉は昭和5年春、ロンドン市上空で英国人教官と空戦訓練中にエンジン過熱のため空中火災を起こした。 直ぐ飛び降りれば無傷で安全であるが、燃える飛行機がロンドン市内に落ちて市内に火災が起こり、相当の死傷者が出る恐れがある。 彼は全身に火傷を負いながら、落下傘降下に必要な最低高度約300米まで飛行を続けてから落下傘降下し、飛行機は海上に墜落、彼は郊外陸上に着地した。
翌日、ロンドンの新聞ラジオは「沈着にして勇敢、ロンドン市民を愛する日本海軍士官」の見出しで、加藤大尉を絶讃した。 当時、若くて長身白晰の彼の病床は、英国女子学生達の献花の香で満ちたのであった。
彼の悪友の話によると、彼は顔面全部を繃帯で包んで、僅か額だけを出してベッドに横たわっていた。 英国女子学生達は、東郷元帥に次いで偉大なる日本海軍士官と接吻する栄誉を得ようとして病床を見舞ったが、繃帯で額しか出ていないので額に接吻した。 数か月の後に彼の火傷は跡を残さず全治したが、額のキッスマークは直らなくて今でも跡があるからよく見てみろとのことであった。
ある日、私は加藤大佐に、
「大佐の手の傷跡は英国での空中火災の傷ですか。」
と尋ねた。
「そうだよ。 体には気をつけるようにな。」
と静かに言われた。 私は大佐の額を仰いだが、その視線を受けても大佐には何の反応もなかったから、額の傷はキッスマークではないと思った。
それはさておいて、この事件があって日英の外交は親密の度を増し日本の国益に貢献するところ大であったという。 加藤大佐は、身を棄てて仁をなすの東洋美徳を実行で示されたのであるが、年が経つといろんな枝葉がついて語り伝えられるから注意をしなければならないと思う。
これとよく似た例は、私の3年先輩に西岡大佐がいる。 彼は、飲酒酩酊して二階から落ち脚を折った。 不幸にも手術に失敗してビッコになったが、それを恥じて決して人に語らなかった。 しかし、彼は人間味豊かな人であったので、部下達は彼の足は戦傷によるものであろうと勝手に決めた。 彼はそれを否定して止むを得ず事実を話して聞かせたが、部下達は信じなかった。
彼は、私にこんなことを言った。
「 人の噂というものはどんなに展開するか解らんものだ。 当人が否定しても信じないし、肯定すると否定する奴がいる。 悪意はないにしても、人間関係を毀すことがあるから注意した方がいい。」
彼が、後年ホーネットに体当りをしてこれを雷撃沈した西岡一夫大佐その人である。
(第5話 終)