2009年08月29日

『飛翔雲』 第1章 揺藍時代 −その6

著 : 高橋 定 (海兵61期)

 第4話 禁 酒 令

 昭和初年秋11月某日。

 館山航空隊の艦上攻撃隊全機が、大村航空隊へ、移動訓練を行なった。 往航は無事であった。 搭乗員は楽しく長崎佐世保方面に外出した。

 さて問題は翌朝である。

 0830 大村発帰投の予定であったので、0800 搭乗員全員が指揮所前に整列したが一人足りない。 隊長が帰って来られないのである。 そこで、先任分隊長が宣言した。

「 出発時刻は一分といえども遅らせない。 それは本移動訓練に当っての隊長の厳命であるからだ。」

 0820、全機18機は次々と列線を離れ離陸線についた。 0825、隊長がようやく帰って来られた。 泥酔状態である。 隊長は飛行服を持ったまま飛行機に飛び乗った。

 整備員がアレヨアレヨと言う間に試運転もしないで発進。 0830に離陸し、列機がこれに続いた。 2個中隊。 各中隊それぞれ3個小隊の18機編成である。

 0900 頃高度2千米、天気は晴朗である。 隊長は操縦席で大いびきで眠ってしまった。

 一大事と思った偵察員は、座席の下にもぐり込んで操縦席に移動した。 しかし、突いても叩いても隊長は眼を醒まさない。

 生まれた時から操縦は一度も習ったことがないし、理論は座学で少しは習っているが主として構造に関することであるし、偵察員は困った。

 しかし、酒の席などで操縦者と操縦の話をしたことがあるし、また、操縦者同士が話しているのを聞いたこともある。 ままよ、ハンドルを持ってみようと決心した。

 そして、彼は2時間余操縦したのである。 保針も大きく間違えなかった。 門前の小僧の最優等生であったわけだ。

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( 原著掲載の写真から )

 更にもう一つ感心させられたことがある。 それは、この時の飛行機は八九式艦攻であって燃料タンクの切換えが極めて複雑になっている。

 燃料は一度上部翼の小タンクにポンプで移され、そこから中央支柱に沿ってキャブレターに入る。 中央支柱の側面を燃料が流れる時パイプの一部がガラスになっていて、燃料が流れている時は黒く、燃料が流れていない時は白くなるようになっていた。

 操縦者は白い眼、黒い眼と言って、白い眼になると、死人の眼と言った。 4〜5分後にエンジンが止まるからだ。 その上、この飛行機の燃料タンクは小さいものが4つあってその切換えは総て手動である。 この切換えを、この偵察員が正確にやったのである。 驚くべき有能の男であった。

 2時間後、隊長は眼を醒ました。 ところが、この飛行機は操縦席から偵察席に移るのは非常に難しくなっている。 操縦席に移る時は必死の思いでもあったし、今は安心したせいもあって偵察席に還れない。 仕方なく偵察員は 「失礼」 とばかり隊長の肩車に乗って着陸した。

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( 八九式艦上攻撃機 )

 隊長は戦後、大学教授になった。 数学に関しては天才であった。 酒を飲んで訳が解らなくなるのも天才であった。 新婚夫婦の部下の家に招待されて日本語でH談をやられるので部下から敬遠されたが、中には女房教育に非常に宣しいと言う者もあった。

 偵察員を肩車に乗せたまま隊長は着陸したが、黙っていればそのままで済んだものを、地上整備員が面白がって話し合った。 隊長は懲罰3日になり、偵察員は司令から表彰された。

 隊長はこの偵察員を特別表彰し、自分に対して禁酒令を出した。 操縦する12時間前以降は絶対禁酒ということであった。 但し、期間は何日間か何年間か解らなかった。

 その後私は隊長と数回飲んだが、いつも禁酒令は明日から実行することになっていると言っていた。
(第4話 終)

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