2009年08月10日

聖市夜話(第40話) 正錨の夢 (その10)(完)

著 : 森 栄(海兵63期)

 こんな状況下で、4年ごとに来てくれる練習艦隊の訪問は、単に両国間の親善に寄与するばかりでなく、異国にあって奮闘する同胞に対する国家民族的な激励となっている。

 またそれは同胞側も乗員側もともに得るところ大きく、その利益たるや一方交通ではない。 それはあたかも、日伯両国の国情が特性対照的で完補関係にあるといわれているのにも似ている。

 片道の航程1万2,000マイルという道中は少し遠いかもしれないが、日本の今後益々国際化せざるを得ない宿命を考えれば、地球上における自国の対蹠点を見てくるという 「対蹠点巡航」 は、正錨の夢に耽る船乗りにとって相応の訓練海域とも思われるのである。

 なお現在、共産主義を合法化している日本と非合法化している伯国とは、この点でも対照的であって、血圧の高い私などはむしろ伯図の方がはるかに安眠できる社会である。

 私が着伯する前年の軍事革命は今なお続いていて、伯国政府はその成果を検討中であるというが、私にとってみれば国家が秩序を立ててくれるならば、税金も喜んで払えるという心境であり、伯国旗の標語のとおり 「秩序と進歩」 が今後とも着実に成功されてゆくことを祈りつつ、私は今後も安眠を続けて行けるであろう。

 また私は思う。 ここ伯国では昔から日本人は農業の神様といわれている。 私も世界の食糧危機を救う者の一群は、在伯日系農業者であると思う。 しかしその人数はまだ十分でない。 そして畑は限りなく残されており、また伯国の現在の食膳は豊かではあるが、世界食糧の増産が叫ばれているならば、ファイト満々、強靭なる日本農業者が一人でも多く、この聖戦に加入のため来伯せられんことを望んでやまない。

 伯国礼賛をやり出すと、広大なる伯国と同様に私にもまた広大なる紙面を要するようであるが、述上のとおり私はその適任ではない。 ただ私の人生行路の一部として伯国航路の一端を御紹介するに留める。

 既往を振り返ってみて、人間の耐用年数は、はかないもののようでもあり、また長いようでもあることを痛感している。

 長い間このつたない昔話を御愛読いただいた諸君が、ますます安全整備に留意され、その耐用年数を極度に伸ばされんことを切に祈り上げ、聖市夜話の一応の完結といたしたい。

(「聖市夜話」 完)

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