2009年08月05日

聖市夜話(第40話) 正錨の夢 (その5)

著 : 森 栄(海兵63期)

 帰村してみると、「森は召集を受けた」 という噂が村中に流れていた。 私はこれを転機としブラジル移住に先立って、その第1回準備訓練として多久から佐賀までの移住を決行した。

 村内外の親戚友人は親切に協力してくれ、約10代約200余年間にわたって使用された旧家も処分し、7個の長持も荷物箱の材料へと活用され、会食用の古い多数の瀬戸物類も近隣の人たちに買ってもらったが、買ってもらえない最後の物としてリンゴ箱2個にも余る先祖代々の位牌が残った。

 私は中庭に拡げて謹んで焼却し終わったが、その煙はあたかもミッドウェイ海戦における我が空母群の最後の煙のように感じられた。

 「国を出なければ人口過剰の大和民族の将来は拓かれない。 しかし地球上は既に諸外国の縄張りで空いている所はない。 関東軍が空いていると見た満州国でさえ他国の領土であった。 今後の大和民族は最敬礼をして他国の領土内に入れてもらわねばならない。 これが悲しき我が民族の宿命である。 この現実を直視すること、この最敬礼こそが今後の出発点であろう。」

 ということが故郷を出る当時の実感であった。

 かつて祖父の時代に事あるたびに使用された会席膳も実によく燃えた。 戦前の日本農家における料亭まがいの宴会も、またいつの日にか復活するであろうか。 もしありとしてもその頃は我が家庭は外国の生活に順応していることであろう。

 そして帰村直後、村の農地委員が私に宣言した言葉、

 「貴方は不在地主の上に、更に歩が悪い点は正規軍人であったことです。」

 という一言は、村を出発せんとする私の心に強く響き返ってきた。

 戦い敗れて帰ってきた者にとって、これが真の故郷であろうか。 よーし! かくなる上は、貧しき村を発ち、更に肥沃なる新天地を求めて我が家の神武天皇とならん、と覚悟を決めるのであった。
(続く)

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