2009年08月02日

本家にて 『終戦時の日本海軍艦艇』 公開!

 昨日本家サイトのご来訪10万名到達間近とお知らせしましたが、カウンターがあっという間に進んでしまい、未明には大台を超えてしまいました。

 また、こちらのブログもお陰様で昨年10月末に開設以来10ヶ月弱で既にご来訪2万名を超えております。

 この両方を併せ、感謝記念として本家サイトの 『史料展示室』 にて昭和22年に第2復員局が作製した 『 終戦時の日本海軍艦艇 』 (Japanese Naval Vessels at the End of War) の全頁をPDF版にて公開いたしました。

 私は常々、この様な貴重な史料が “保存” という名目の元に日の目を見ずに埋もれたり、あるいは個人の所有物として骨董品扱いの “お宝” となってしまうべきでは無いと考えています。

 旧海軍艦艇史研究上必須の基礎資料の一つ。 本家サイトにご来訪の上、本物の第1級史料をお楽しみ下さい。

 また、公開ファイルの状態のままでしたら再配布もOKですので、どうか日本海軍艦艇好きのお知り合いの方々にご紹介下さい。
posted by 桜と錨 at 19:18| Comment(6) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
すごい資料ですねー。画面にもう釘付けです!
終戦時には、やたらと機関砲が取り付けられていたんだなぁ…と今更ながら感心してます。
冬月涼月は、ずっと「ふゆづき」「すずつき」だと思っていましたが、ここでは「ふゆつき」「すずづき」になっていますね!びっくりです。
例のサイトでは冬月だけは併記されていますが、涼月は「つき」になってます。
実際は、どう呼んでいたのでしょうか!?
関係ないですけど、艦名と言えば別の艦名の資料で「高雄」は山じゃなくて名所と書いてあって面白いですね。普通は同じ京都の高尾山から取った名前で重巡洋艦なので「山の名前」と書いてありますけど。
でも、昔から何で高尾山から取ったのに高雄なのかずっと疑問に思っていて、この昭和初期の書物を拝見しても、まだ納得は出来ていません(*_*)
福井氏に関しては、子供のころから「何でもよく知っているなぁ」と感心しつつ、技術屋さんだったら専門の分野は熟知していても、知らないところは全く門外漢なのではないかなぁ…と漠然とした疑問は持っていました。管理人様の慧眼ですっきりしました(*^^)v
Posted by 凡夫 at 2009年08月05日 22:52
凡夫さん
『終戦時の日本海軍艦艇』 は気に入っていただけたようですね。 どうかご活用下さい。
Posted by 桜と錨 at 2009年08月06日 14:50
凡夫さんへ
以前から気になっていましたが、この手の表記が多くて訂正された方がと思いまして古いコメントではありましたが、確認の意味で訂正した方がよろしいのではないでしょうか。冬月・涼月は「ふゆづき・すゞつき」で読みは良いのですが涼月は凉月が正しいでしょう。丁型駆逐艦梓(未成)の旧字が正式と言う意味とは違います。それと高雄は山岳名と言うのが正しいでしょう。八八艦隊の高雄(未成)の次代です。本来「愛鷹」を変更された艦名です。
Posted by 遠山純一 at 2014年07月28日 11:00
遠山純一さん、コメントをありがとうございました。

古い記事ですので、凡夫さんに替わり少々。

「涼月」 「冬月」 の読みはそれぞれ昭和17年達18号及び18年達235号により 「スズツキ」 「フユツキ」 とされています。 また 「涼月」 は 「凉」 ではなくて 「涼」 が正式表記ですね。

この表記は達18号だけはなく、「艦船類別等級」 「駆逐隊編成」 「定員表」 など旧海軍の公式文書全てで 「涼」 とされていますので、間違いのないところです。

「凉月」 と誤って書かれたものが戦後一般に出てくるのは、おそらく故福井静夫氏の手になるものが最初ではないかと思いますが、なぜそうなったかの理由は判りません。

また、「高雄」 の艦名由来は、旧海軍の準公式文書である 『艦船名考』 では初代から含めて全て名所地 (山城國葛野郡高雄) とされており、私としてもこれを採っています。

Posted by 桜と錨 at 2014年07月28日 13:43
ご指摘ありがとう御座いました。
 達号文書等の保有はありませんが、乗員や遺族の記憶や通称「私文書」では古くから「凉」とされていたのを思い出したことと月名として「涼」があるのか広辞苑にしても見当たりません。文学的に造り言葉として「すずつき」を充てたのなら当時女性名の「りょうこ」に「凉」を使う事例も多く、命名の理由は特に駆逐艦の場合こんな命名法もあったはずだと昭和三十年頃勝手に禁断しておりました。凉は涼の略字で涼を使用するのは活字上の理由ではなかったのかと思ったわけです。
 福井氏は「凉」も「涼」もあまり深く考えていなかったみたいです。むしろ私の方が拘ったくらいでこのブログで福井氏に申し訳なく思っています。
 高雄については初代には高雄丸として名所名で良いかも知れませんが「命名考」は兎も角として
 巡洋戦艦、重巡洋艦は山岳名ではないのでしょうか。高尾を高雄と座りよく改めてはいても高雄だけ名所名からとは疑問も残ります。
 しかし、現海上自衛隊もそうですが、艦名は用兵者が愛着で拘る面もあるでしょうが命名者の実態は「よいかげん」な面も見受けられることもありますね。
 
Posted by 遠山純一 at 2014年08月01日 11:31
遠藤純一さん

コメント欄は画像が使えない仕様ですので、「涼月」 「冬月」 は別記事に纏めましたのでご覧ください。

>福井氏は「凉」も「涼」もあまり深く考えていなかった

実際のところそうなのかもしれませんが、その影響は大きかったですね。 例の 「秋雲」 の件もあまり深く考えてはおられなかったようですから。

>「命名考」は兎も角として

他の根拠となる公文書が出てこない限り、『艦船名考』 が旧海軍の公式意見と言えます。

もっとも、「高雄」 は艦名由来が名所地とはいえ、当該地は高雄山を含む、というより高雄山を主体とするところですので、命名基準からも大きく外れているわけではありませんので。

>現海上自衛隊もそうですが

海自艦艇の命名権者は、たまたまその時の大臣 (長官) の椅子に座っていた、単なる政治家ですから (^_^;

Posted by 桜と錨 at 2014年08月02日 16:34
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