2009年06月28日

聖市夜話(第36話) 機雷の関門を突破(その4)

著 : 森 栄(海兵63期)

 やがて最後の難所である部埼の真下に迫り、ここを右へ回ればまずは関門の虎口を脱し得ると思った瞬間、左斜前約50メートルで機雷1発爆発、次いで約1秒後左正横約300メートルに機雷爆発、更に約1秒後第3発目は左正横約1キロ以上の海面に高く水柱を上げ私たちの肝を冷させた。

 当時通狭する船は「朝顔」以外に見られなかったから、これら3発は最初の第1発が「朝顔」船体磁気によるもので、第2発は第1発爆発時の水圧か音響によるもので、第3発は距離差からみて第2発爆発時の音響(又は水圧)によるものと思われた。

 しかしこの第1発すらも「朝顔」には何らの被害も与えなかった。

 また従来の爆雷戦で受けていた海底60〜120メートルから持ち上げるように受ける衝撃に比べれば、海峡内の浅深度で爆発した第1発の爆発時の水圧は、垂直方向の上空に逃げてしまって、距離50メートル以上離れていると船体を下から持ち上げる効果も爆雷戦時に比べて弱いことを知った。

 これで遂に 「関門突破成功!」 と、私は喜びに堪えず部埼を見上げた。 部埼また「朝顔」の呉回航を祝福してくれているかのようであった。

 以後なるべく九州寄りに南下し姫島南方の水深の深い水道を、「最後の高速」 とばかりに約26ノットで走ったが、この速力も約10ノット前後の目標に調整してあると推定された敵機雷の性能に対し、その裏をかく計算から出たものであった。

 姫島南方を通過し、遥か北の方向に「満州丸」沈没位置を望み、同船の健気な最後の善戦を回想してその冥福を祈った。

 更に安下庄沖に差し掛かり、丁型駆逐艦の1隊が高速訓練中であるのを見たが、それは19戦隊だったかの記憶がある。 そして油のない現在いかなる特別の任務を有する部隊であろうかと思った。

 後広島湾に入り関門海峡のような敵機雷に対する危険を感ずることもなく、別に工夫することもなく、日没前に一気に呉に入港してしまった。

 これで関門も呉方面もともに航行禁止中に呉回航という私の念願は無事達成されたのであったが、この最後の冒険は敵の内海西部に対する機雷攻勢を如実に私たちに教え、後々まで強く印象に残った。

 翌5月21日には呉を出て沖に転錨しているが、これは敵機来襲に備えたものであろう。 そして翌22日には呉港内に入り31日まで港内にいた。 この間25日には軍隊区分で呉鎮部隊呉防備戦隊に編入されている。 また同日には敵機が呉工廠に投弾している。

 私は先任将校、甲板士官に命じて次のような内海西部の新任務に対する準備を進めた。

1.付近の島に防空監視所を建てるから、その建築用木材
2.上記付近に畑を耕作して野菜を自給するから、農具と種子
3.上記の島の海岸で漁労をするので、漁網その他の漁具

 私は新任務に就いたら、状況許す範囲でなるべく多数の乗員を輪番陸上に上げて、護衛中の疲労を一挙に回復させたいと思ったが、甲板士官は私の意をよく察して毎日軍需部と交渉し、私の予想以上の物資を続々と艦に搭載した。
(続く)

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