2009年06月24日

聖市夜話(第35話) 最後の大上段(その9)

著 : 森 栄(海兵63期)

 さてこの後、船団は5月1日油谷湾に仮泊し、翌5月2日同地発六達着、同地で船団部隊の編成を解き、「朝顔」などの護衛艦は門司に入港したが、案の定4番船は無事先に入港していた。

 私は直ちに上陸して岸壁にある第1海上護衛艦隊司令部に行き、長官K中将に 「シモ03船団護衛終了報告」 を行った。 その直後長官は私に言った。

 「僕は「朝顔」船団は全滅するかと思ったヨ」(よく全船帰ってきたネーという意味)

 私は心の中で

 「そんなに心配してくれるぐらいなら、まず「朝顔」船団に無傷の海防艦2隻ぐらいくれてもよかったろうに」

 と思いながら長官の顔を見上げた。

 私としては特に貴重物資搭載の半身不随の「満州丸」を門司に入れ終わったことを最も満足して、最も誇りとしていたのであったが、長官は「満州丸」については何ともいわなかった。

 幕僚室に戻ると長官の意を体した幕僚たちが私の周りに集まり、護衛成功を口々に祝ってくれた。 通信参謀らしい人が私に言った。

 「全軍に長官が電報される。 君が一番よく知っているだろうから、ひとつ電文を起案してみてくれ。」

 私は、第1回の対空戦闘から第2回目の浮上潜水艦までの時間を数えながら、「1昼夜に満たぬ間に敵機敵潜と交戦すること11回、よく全船を護衛したるは見事なり」 というような電文を起案したが、御臨終近い祖国にとって、この電報にいかなる価値があろうかと私の心は傷んだ。

 それから先任参謀らしい人が言った (実際私達は門司の司令部が新編されていても、長官以下参謀の顔もよく知らずに、ただ走り回るだけであった)、

 「日本の油はいよいよ残り少なくなった。 以後タービンの護衛艦は護衛に使わない方針となった。 「朝顔」は備讃の瀬戸に回航し、B29投下の機雷監視に当たれ。 近く呉鎮部隊に編入される予定である。」

 私は力なく承知し、心の中で 「護衛される船もなくなりましたねー」 と寂しく呟いた。

 いつもなら、任務報告の後次の護衛任務を与えられ、新しい責任に張り切って艦に帰るのが私の仕事であったが、私はこの先任参謀の話を聞き、護衛艦「朝顔」の御臨終が祖国の御臨終よりも早くやってきたことを知った。

 しかも「朝顔」の御臨終は敵潜の雷撃によるものでも敵機の爆弾によるものでもなく、「朝顔」を動かすための重油によるものであった。

 それまで長い間護衛行動中の私たちの艦橋における話題は、

     1.祖国の戦争放棄か
     2.「朝顔」の轟沈か撃沈か
     3.我が身の健康の破綻か

 のいずれが早く来るであろかに焦点があったが、油によって動けなくなることは遂にだれも予想していなかったのであった。

 私は司令部を出てトボトボと岸壁を歩いて帰り、「朝顔」の横付している岸壁の上に立ち止まり、「朝顔」の艦首から艦尾までを見渡し、赤銹の出掛かっている船体を見て、心中悔し涙を禁ずることができなかった。
(第35話終)
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