2009年06月12日

聖市夜話(第35話) 最後の大上段(その7)

著 : 森 栄(海兵63期)

 果然敵潜が出現した。 それは驚くべきことに浮上状態、「朝顔」の前方1キロ弱。 恐らく電探で我が船団を捕捉し前方針路上に待機し、船団が視界内に入るのを待っていたのであろう。 しかもこれを発見したのは「朝顔」の艦橋見張りであって、水測兵器でもなかった。

 私は後方船団に対し、2キロ信号燈を敵前であることを無視して派手に使い、左90度緊急斉動を令すると同時に、敵潜司令塔目掛けて緊急増速し、艦首衝撃で一挙に撃沈しようとした。

 このときの私の気持は、敵の機先を制し得た喜びで一杯であって、むしろ我が姿をより大きく派手に敵潜に見せ、その幻惑によって背後にある味方船団を隠し、敵潜の気力を水面下に圧入しようというものであって、剣道における大上段の構えであった。

 浮上して漂泊していた敵潜は、濃霧の中から魚雷のように自分に向かって、高速で直進してくる「朝顔」にびっくりしたらしい、急速潜航して危いところでようやく「朝顔」の艦首衝撃を避けたが、その直後「朝顔」の爆雷数発を至近距離に受け、到底船団攻撃の余裕などなかったものと想像された。

 私は戦後度々この敵潜が、どうして潜望鏡深度で待機していなかったのか、と不思議に思うのであったが、こんなことがあるから、戦闘の勝敗は理屈通りに行かないのであろう。 この敵潜の待機位置は正に船団針路上であったが、濃霧に依存し浮上していたことが致命的なミスであった。

 「朝顔」の後方にいた船団は、上手に緊急左90度斉動をやった。 「朝顔」は敵潜頭上に数発の爆雷を投下し終わり直ちに船団に接近し、しばらく北上の後また斉動をやって元の針路に向け、再び船団前方約1キロに占位した。

 そして約2時間も走ったであろうか、またもや「朝顔」の艦橋見張員は前方視界限度(1キロ弱)に浮上潜水艦を発見し、「朝顔」は約2時間前と同じことを繰り返し、猛牛のように敵潜に突入し、これも水中に圧入してしまった。

 この2時間ごとに現れた敵潜が、同一艦であったか、別々の艦であったかは敵に聞いてみないと分からないが、私は時間差からみて後者であると憩像している。

 しかも同じ隊に属する2艦が、我が船団を反復攻撃した敵機の連絡によって、南鮮の多島海面に入る船団の前路に計画的に南北に展開して待機していたものと思われるが、猛牛のような我が「朝顔」の出現に、これらの敵潜もさぞビックリしたことであろう。

 それにしても、極度の緊縮隊形から、2回も緊急大角度斉動をやってのけて、なおかつ衝突事故も起こさなかったことは、さすがに結束の最高の船団であった。
(続く)
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