2009年06月11日

聖市夜話(第35話) 最後の大上段(その6)

著 : 森 栄(海兵63期)

 私は味方船団を一連の対空砲台とみて、なるべく砲台間隔を縮めて、我が砲台群の 「爆音を狙う射弾」 の命中公算を高めて、例え撃墜することができずとも、敵機を極度に身近に引き寄せて、多数の弾幕を浴びせて敵搭乗員の心胆を寒からしめてやろう、と企図した。

 敵機は電探限度以内に入ると、船団の実体を見たら爆撃しようと狙ったが、濃霧で船団の実体が見えない。 それより早く我が方には爆音が耳に入り、各艦船が一斉に爆音目掛けて射ち上げる。 敵機は一旦逃げてまた電探で捜して船団に接近してくると、また下から射ち上げる。 敵はまた爆撃の機会を失う。 これは世にも奇妙な戦闘となった。

 当時の視界は約250メートルないし300メートルであって、500メートルにも達しなかったことがこの奇妙な戦闘を産んだのであった。

 以上を数回繰り返すうち、敵機は交代時間の終わりになると、船団上空に来て、船団の実体を見ずして爆弾全部を落として沖縄の方向に去った。

 私は各艦船の被害状況を調べた。 また「朝顔」自身を船団に接近させて船団構距離が250ないし300メートルであることを確認し、各船長の真剣な結束振りに意を強くし、この戦闘を可能ならしめている各船長の努力に感謝したくなる思いにすらなった。

 実際このように舷々相摩するような、ちょっと操船を誤れば互いに触衝するような芸当をやってくれた船団は、この船団だけであった。

 1機が去るや暫く次の1機がやってきたが、どれもこれも同機種のようであって、また接近の方法、投弾の方法も略同様であって、敵機に大した能のないことが明らかになるや、我が方の士気はますます揚がり、結束はいよいよ上手になり、発砲の時機も功妙となったが、どんな下手な敵が落とした爆弾でも、必ず海面に落ちてくるという物理の原則からだけは免れることができなかった。

 敵機が当直交代の前に落とす爆弾で、各船に被害が散発し、負傷戦死者も出てきた。 舵機をやられ応急操舵に換えたという報告も来た。 私は敵投弾後の各船の報告に身を切られるような思いであった。

 私はこの無能な敵機の第1、第2機を迎えて考えた。

 「敵基地は近い。 それに敵艦隊は全兵力を沖縄に集中している。 故に飛行機効果なしと見たら必ずや潜水艦を派遣するであろう。」

 私は船団部隊に対潜警戒を厳にするように下命した。 大体対空関係はまず爆音を発しなから攻めてくるので応待しやすいものであったが、対潜関係は無警告のうちに突如として来るものであったから、とくに長時間にわたって対空戦闘を続けている者にとっては、この警告が必要であった。

 しかし、敵潜はなかなかに出現しなかった。 その間敵機は次々に交代しながら来襲し、ついに単機あて9回を数えこの間に我が方の戦死負傷は合計30名を数えるに至ったと記憶している。

 かくして対空戦闘を濃霧の中に繰り返し、後数時間で大黒山群島に達しようという地点に達した。 「朝顔」は敵潜との咄嗟会敵に備え、船団前方約1キロを走り、見張・探信・聴音の全神経を集中していた。
(続く)

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