2009年05月03日

聖市夜話(第33話) 昭南行ヒ99船団(その4)

著 : 森 栄(海兵63期)

 この船団はまず、船団といってもタッタの1隻で、しかも航海速力15ノットで大きな航続力を持っていたことは、最も扱いやすい船団と言えた。

 次に丁型2隻は旧知の優秀な艦長のほかに、「朝顔」と違って12.7サンチ高角砲3門を持っていることが特に頼もしい限りで、次に「宇久」「新南」という海防檻は19ノット以上の速力が出せ、艦長は予備士官中の第一級の老練な人達であり、かつ12サンチ高角砲3門を持っており、既にこの2隻は護衛部隊(イ36)中の花形となっていた。

 私はヒ99船団の前途を妨害するものは、第1に敵空母機であり、第2に敵潜と見た。 第2に関しては、敵潜潜在海面の予測を綿密に行い、高速を活用して次々の敵潜を振り切って前進することに自信があったが、第1の空母機に対しては、大正時代の旧式な水平砲しか持たぬ「朝顔」が最も心配であった。 その点この対空砲を有する新造艦4隻を加えてもらったことは、誠に力強いことであった。

 この立派な部下たちは、老齢艦「朝顔」の性能からみれば正に過分のものであったかもしれないが、開戦以来の護衛のベテランとしての「朝顔」の輝かしい伝統にとっては、十分に相応しい陣容であった。

 行動予定内定直後の某日、私に連絡があり、東京の海上護衛総隊参謀からの直通電話に私は出た。

(原注) : 当時の作戦参謀大井篤中佐(51期)に戦後尋ねたら、「あれは僕だったヨ」 とのことであった。


 以上その対話の要旨を書いてみる。

参 : 今度の行動はナカナカ容易ならぬもので御苦労様。 しかし今の日本は1万トンの油でも非常に貴重だからしっかりやってもらいたい。 ときに今から余り大きな注文を出されても困るが、何か希望があったら極力やってやりたいが、いかが?

森 : そうですね、それでは「第5山水丸」に超短波電話機を積んで、連続通話可能のように、優秀な通話員4人以上を乗せてください。 それだけで結構です。

参 : それはお安い御用だ、「第5山水丸」は今広島で出撃準備中だから、早速手配して実現させよう。 ときにどのくらいの成算があるかね?

森 : 今までどの行動海面もよく慣れており、敵潜のやり口も大抵分かっていますから、秘術を尽くして敵の意表を突いてやってみますが、非常に困難な行動と思います。 マア馬公まで行けたら第1の成功、サイゴンまで行けたら第2の成功というところでしょうね。

参 : 本当にそうだろうね、まあしっかり願います。


 こんな電話が掛かってきたことは、私にとって従来にない異例のことであったし、また全艦船間の常時通話可能という日頃理想とする注文も快諾してもらったので、私は大いに感激して張り切った。

 そして門司の岸壁に横付中の護衛艦5隻では、作戦打合せ、通話訓練・放流信号訓練などが毎日忙しく実施された。

 64期の2人の艦長は、元々生徒時代から熟知の後輩であって、それこそ各人に船団の1個ずつぐらいを指揮させても良いような優秀な後輩揃いであるし、また両海防艦長に至ってはいずれも日本海運界の一流船長ばかりであって、私のごとき32歳そこそこの若造が指揮することさえおこがましい限りであったが、こんな立派な艦長揃いだったら、船団部隊指揮官が次々に戦死して行っても、最後の1艦までよく任務を果たしてゆけるものと確信できた。
(続く)

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/28854598
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック