2009年05月02日

聖市夜話(第33話) 昭南行ヒ99船団(その3)

著 : 森 栄(海兵63期)

 乗員達が休暇を終わって帰艦してくるにつれ、艦内はまた若々しい新しい元気で溢れてきた。

 やはり護衛艦にとっては、港々に十分な休養設備が欲しい。 それが在籍母港においてすら果たせなかったのは、護衛作戦準備に関する大きな手落ちであった。 舞鶴で上陸して部内で飲み食いするとき、一律に配給量だけであったことも寂しい話であって、せめて 「すぐ第1線に出撃する」 部隊員には何割増かの恩典が欲しいと思った。

 一番遅くまで掛かった1缶室内の修理も終わり、3月1日には港外試運転があり、翌2日門司向け母港発、いよいよこれが見納めと思って出撃したが、本当に見納めとなった。

 ますます危なくなった日本海を対潜警戒を厳にしつつ西航し3日六達着、ここで1泊して4日門司入港、門司の町もますます殺伐の気が増えてきたようであった。

 門司で「朝顔」を待っていた次の任務は、ヒ99船団の船団部隊指揮官であった。 燃料がいよいよ底をついてきた日本が、昭南(シンガポール)まで最後の1万トン高速タンカーを、ただの1隻出す、そしてこの護衛に旧2等の我が「朝顔」と、開戦後護衛用に建造された丁型駆遂艦の2隻と、海防艦中では第1級の「宇久」、「新南」の2隻をつけ、船団部隊指揮は先任艦長の「朝顔」艦長がやれ、ということになった。

 私はいまだかつてない粒揃いの護衛陣にすっかり嬉しくなって、たちまち新しい勇猛心がわき起こった。 私にとって余りにも立派な部隊であったばかりでなく、当時の船団部隊としても今までに珍しいような最も均整がとれて、小さいながら強そうでかつ機敏そうな船団部隊であったので、次にその編成を書いてみる。

ヒ  9 9  船  団
指揮官兵  力職 名階級氏  名期 別艦長任期




部隊朝 顔駆逐艦長少佐 森  栄63S18.10.20 〜
 同 余田四郎64S19.12.15 〜
 同 本多敏治64S19.11.26 〜
宇 久海防艦長 鈴木清四郎N85S19.12.30 〜
新 南 同 池田 郷N82S19.12.21 〜
船団第5
山水丸
船 長
(計) 1万トン高速タンカー x 1 隻、 護衛艦 d x 3、 cd x 2  計 5 隻

(続く)

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