2009年04月30日

口径の話し(1) 「糎」と「拇」と「珊」

 もうずいぶん前のことになりますが、当時お邪魔していた某サイトに書いたことがある話です。

 旧海軍では、砲の口径を示す単位としてセンチメートル (centimetere) を表す漢字に「 」「 」「 」の3つを使用していました。 これについて少し。

 明治始めの創設期から、旧海軍では艦載砲の呼称には輸入元の元々の名称により、そのままセンチ、インチ (inch)、ポン ド(pound) 及びミリ (millimetere) の4つを制式に使用していました。

 そして、当初これらには漢字でそれぞれ「 」「 尹 」「 斤 」及び「 密米 」(又は「密里米」)を当てはめていました。

 例えば、四十五口径十二尹安砲、四十五口径毘式十五拇速射砲、四十口径一号十二斤速射砲、四十七密米保式軽速射砲、等々のようにです。

 しかしながら砲の種類が増えてくるに従って、キチンと統一した表記とする必要が出てきましたので、明治41年12月に内令兵5号をもって砲熕名称の改正が行われました。

 これによって、大・中口径砲はインチで、そして小口径砲はポンドで表記されることになり、併せてそれぞれの漢字は「 吋 」及び「 听 」を使用することとなりました。

 例えば、前出の4つはそれぞれ、四十五口径安式十二吋砲、四十五口径毘式六吋砲、四十口径一号三吋砲、保式二听半砲に変わりました。

( 因みに、日本では明治24年の度量衡法公布により 「尺、貫」 が公式に使用されるようになりましたが、ヤード・ポンド法も認める法改正がなされたのが明治42年ですから、旧海軍はその前に艦載砲の呼称改正を行ったことになります。)

 次いで、大正6年10月の内令兵16号により 「砲熕呼称付与法」 が改正されたのに伴い、同日付の内令17号をもってそれまでの「 吋 」「 听 」表記による艦載砲の名称も、今度は一斉にセンチ表示だけに統一されることになりました。

 この時にセンチの表記には以前の「拇」ではなくて、新しく「 」が使用され、以後終戦までこれが使用されることになりました。

 前出の4種の砲は今度はそれぞれ、四十五口径安式三十糎砲、四十五口径毘式十五糎砲、四十口径一号八糎砲、保式短五糎砲、となったわけです。

 このため、現在では、まあ明治期だけの艦載砲のことを書く人はほとんどおられないでしょうから、一般的には「 糎 」ということになっています。

 ただし、ご存じのとおり旧海軍の読み方は「センチ」ではなくて「サンチ」です。

( 因みに、日本では度量衡がメートル法に正式に切り替わったのが大正10年ですから、旧海軍ではそれよりも4年も早く統一に踏み切ったことになります。)

 そして最後に残ったセンチを表す「 」ですが、旧海軍の公式文書の中でも実際に砲の名称としてこの漢字が出てくるものもありますが、艦載砲の制式名称として使われたことはありません。
posted by 桜と錨 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 砲術の話し
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