2009年04月22日

聖市夜話(第32話) 試練の東海・吹雪の舞鶴(その2)

著 : 森 栄(海兵63期)

 ところが悲しいことに、この内庭の木戸が敵艦載機の蹂躙を許す戦局にすらなってしまって、我々は中支沿岸の島影を利用して逃げ帰るような破目になってしまった。

 気宇広大を誇った時代は既に終わった。 いつの日か再びシンガポール、ラングーンに進撃できる機会があろうか。

 敵空母は勝ちに乗じて近くこの日本の内庭にも侵入してくるであろう。 そうなれば昔 「長崎県上海」 といわれた長崎の一衣帯水の上海沖ですら、危なくて近寄れない海となるかもしれない。

 不吉な予想は次々に去来した。 弱気になってはいけないと厳に自ら戒めてはいたが、現実と希望とはますます懸け離れて行った。

 しかし戦闘はあくまで現実を直視することから始まるものであって、自分の好まないことには目を閉じ耳をふさぐ者はたちまち敵に食われてしまうのであった。

 現実を子細に直視し、敵に1分の透きでもあれば我が全力をこれに集中して次々にその場その場の戦闘をこなして行かなければならなかった。

 そして敵を子細に見るためには冷静ということが不可欠であったが、幸いに我が「朝顔」は幾多の苦難を体験するうちに、およそ護衛作戦中に発生するような事態に対しては驚かないだけの度胸が自然のうちに身についていた。

 なかでも古瀬先任将校(70期)のごときは、私より前に着任していて既に1年半近くに迫ろうとしていたが、彼は私に対して一言も転出の希望を申し出ることもなかった。

 また人事局としても、最小限私とこの先任将校の2人を動かさないことが、「朝顔」の個艦戦闘力を最大に発揮できると判断しているかのように推察されたが、あるいは今度舞鶴に着いてから先任将校を他に取られるのではないかとも危ぶまれた。

 またこの前(19年11月)舞鶴で着任してきた工藤航海長は、丁度魚が水を得たように一艦の若さの源泉となって、早くも敵機との戦闘にも慣れ、対潜戦闘についても私の流儀を飲み込んでしまったように見えた。

 彼が着任して間もなく私は当直中の彼に、昔海軍の某先輩が 「総員死方用意」 という面白い号令を掛けた話をしたことがあった。 それから暫くして、いつの戦闘であったか、頭上に多数の敵機群を見た瞬間、彼は突如として横にいた私に承認を求めた。

 「艦長! 総員死方用意を掛けます。」

 私は死ぬのにはまだちょっと早いかなーとも思ったが、彼の引き締まった凛々しい横顔と決然たる若武者振りに惚れ込んだ私は、直ちに 「よし!」 と応じた。

 彼は元気の良いさびのきいた声で「朝顔」艦上初めての 「総員死方用意!」 を下令したのであったが、この戦闘でも乗員は指1本負傷する者もなく終わった。
(続く)

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