ご存じのとおり、「特設突撃隊」 とは今次大戦終戦間際に「蛟龍」「回天」「震洋」などにより主として本土防衛のために、それこそ雨後の竹の子のように全国各地の沿岸に配備された部隊です。
名称はその所在地名を冠したものと番号を付したものとの両方があります。(例えば、光突撃隊、第11突撃隊など)
そして多くは 「特設特攻戦隊」 に属していましたが、中には鎮守府や警備府に直属しているものもありました。
この部隊の基本的な編成については、『特設艦船部隊令』 の中で規定されており、主要職員は次のとおりです。
司令、副長、特攻長、特攻隊長、通信長、内務長、修補長、軍医長、主計長、分隊長、隊付、教頭、教官
また、各突撃隊の定員についてはそれぞれ内令で定められています。
ところで、HN「GO」氏のところでの質問は、この 「特攻長」 と 「特攻隊長」 の職務とその関係についてでした。
そちらでのコメントのとおり、これは海軍航空隊での 「飛行長」 と 「飛行隊長」 にそれぞれ相当します。
ここでそれらの職を 『海軍航空隊令』 と 『特設艦船部隊令』 の規定で対比しますと、次のとおりです。
飛行長 : 司令の命を承け飛行科員を監督し戦闘に当たり其の指揮を執り飛行及び航空機の整備に関することを担任し之が教育訓練を掌り主管又は分担の諸物件を整備す (第12条)
特攻長 : 司令の命を承け特攻科員を監督し戦闘に当たり指揮を執り特殊兵器の使用及び整備に関することを担任し之が教育訓練を掌り分担の諸物件を整備す(第61条の25)
飛行隊長 : 司令の命を承け司令指定の飛行隊を監督し戦闘に当たり其の指揮を執り飛行及び航空機の整備に関することを分担し主任者の指示に従い之が教育訓練を掌り分担の諸物件を整備す(第13条)
特攻隊長 : 司令の命を承け司令指定の特攻隊を監督し戦闘に当たり其の指揮を執り特殊兵器の使用及び整備に関することを分担し主任者の指示に従い之が教育訓練を掌り分担の諸物件を整備す(第61条の26)
なお、飛行隊長は原則として分隊長を兼務することはありませんが、特攻隊長の場合は「内令定員」上では通常は兼務することとなっています。
複数の兵器を使用する突撃隊では、「内令定員」によって特攻隊長の所掌が決められている場合もあります。
例えば、安房勝浦に配備された 「第12突撃隊」 の場合は19名の特攻隊長がいますが、蛟龍x 1、海龍x 2、回天(一型)x 2、回天(四型)x 1、震洋(一型)x 5、震洋(五型)x 8 の各隊長に充てられることとされています。
また先の職員で特攻隊長、通信長などは分隊長兼務ですが、兼務でない兵科分隊長は、通常は各隊の基地隊長となります。
したがって、例えば上記の 「第12突撃隊」 では19名の分隊長たる各隊基地隊長がいることになります。
更には、始めから派遣隊の編成が予定されているような場合では、その派遣隊の指揮官要員は「内令定員」で「隊付」として計上されています。
例えば、小松島に配備された 「第22突撃隊」 では、中佐又は少佐x 1名がこのために「隊付」に含まれています。
特設特攻戦隊や特設突撃隊の創設経緯や編成・配備、各隊毎の定員などについての詳細は、機会があればまたその時に。
>これら法令を網羅した書籍は、一般刊行物に
私はこの方面は専門ではありませんのでよく判りませんが、通常の戦史関係では無いのではないでしょうか? 当時の関係者の回想録や同期会誌などを丹念に当たれば・・・・?
それはともかく最大の問題点は「内令提要」の復刻版が出ていないことでしょうか。 これが研究者の方々の手元にあるだけでも随分違うと思うのですが。
手元に第21突撃隊の戦時日誌があります。この「人員ノ現状」によると、特攻長・高柳親光少佐、特攻隊長・分隊長として真嶋四郎大尉、隊付として第132震洋隊長・分隊長の渡辺国雄中尉、第133震洋隊長・分隊長の半谷達哉中尉、第142震洋隊長・分隊長の畠善光中尉らが記されています。
前回のご教示によると、特攻隊長は真嶋大尉だけではなく、各部隊長である渡辺、半谷、畠の各中尉も特攻隊長に当たるようなのですが、真嶋大尉と3人の中尉の関係や違いがよく分かりません。真嶋大尉は本部要員としての特攻隊長という事でしょうか?
渡辺中尉などは “実質的には” 特攻隊長であり、固有編成の各隊隊長です。
しかし 「内令定員」 で第21突撃隊には13名の特攻隊長兼分隊長が置かれることになってますが、定員上の階級は 「大尉」 です。
このため、中尉では特攻隊長に補職できませんので、戦時日誌に書かれているとおり、彼らは特攻隊長兼分隊長の “職務執行”です。
また、職務執行であるが故に定員上の特攻隊長や分隊長枠には指定はできませんので 「隊付」 となっています。
したがって、正規の特攻隊長兼分隊長は真嶋大尉一人ということになります。
( 戦時日誌では渡辺中尉なども特攻隊長兼分隊長として記入し、その下に「職務執行」と書いても問題はないのですが、厳密に記載したのでしょうね。 )
もちろん彼らが大尉に進級すれば正規の職名になります。
内令定員に定められた正規の階級の者を充てる余裕がない (特に終戦間際の大増員のため)、あるいは本人の経歴と昇任を考慮して補職する場合に、このような下位階級の者を 「職務執行」 や 「心得」 として補職することは、広く行われていました。
それに第21突撃隊そのものがまだまだ編成途上の部隊ですから。
なお余談になりますが、本来の内令定員上は第21突撃隊には魚雷艇隊はありません。 蛟龍x2、海龍x2、回天(一型)x3、回天(四型)x3、震洋(一型)x1、震洋(五型)x2 です。 ただし、“特攻隊の配属に応じ・・・・” の但し書きが付いています。
特攻隊長に補職されている真嶋大尉と中尉たる各隊隊長との関係です。
戦時日誌では真嶋大尉は特定の特攻隊の隊長を指定されていません。
その理由としては、恐らくまだ編成途上である各特攻隊を、そして若い中尉の隊長達を、総括して指揮監督するためだったのではと考えます。
ただし、これについては何も規定はありませんし、戦時日誌にも記載がありませんので推定になりますから、本当のところは当該部隊の生き残りの方に伺うしかないかと。
ご教示を頂いた原資料である「内令」などをきちんと読み込まないといけない事がよく分かりました。今度、防研に行った時に複写をしてこようと思います。