2009年03月27日

第2回訪台記 3日目(3月14日)・続3

 この後は折角膨湖島に来ましたので、周辺のめぼしいところを回ります。 もちろん普通の観光とはちょっと違う形で。

 で、まず最初はグルッと南に回った、海軍基地の向こう側にある半島の先の 「蛇頭山」 へ。

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( 元画像 : google earthより )

 ここに向かう途中に旧馬公空港があります。 元々旧海軍の 「猪母水航空基地」 だったところです。 現在は飛行場としては全く使われていませんが、未だに軍の管理下にあるようです。 入れるのかどうかも判りませんでしたので、残念ながら今回は素通り。 もしもう一度膨湖島に行く機会があったら是非とも調べてみたいところの一つです。

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( 元画像 : google earthより )

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( 元画像 : google earthより )

 また、ここには 「猪母水餌砲」(“餌砲”とは偽砲台のこと) というのもあるように観光パンフレットには載っているのですが・・・・帰国してからグーグル・アースで探してみたら、確かにあるようです。 う〜ん、ここも見てみたい。

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( 元画像 : google earthより )

 お昼も過ぎましたので、途中の幹線道路沿いにある井按という小さな漁村の 「漁村小桟」 という食堂兼お弁当屋さんに寄りました。

 まあ辺鄙なところにある小さなお店ですので、あまり期待はしなかったのですが、これが意外や意外(失礼)実に美味しかったです。

 私が頼んだのは 「花枝排飯」 と 「猪肉カイ麺」(カイの字は「火」偏に旧字の「会」と書きます)です。 えっ、2つも食べたのかって? そうなんです。

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 特に前者は、イカのすり身を揚げたものがご飯の上に載ったものなんですが、何故か目玉焼きもついていてチョット見 “お子様ランチ” 風とはいえ、これがなかなかでした。

 この食堂の隣には小さな(といっても台湾の基準ですが)廟がありましたので、料理が出来るまでの間にちょっと見学。 色鮮やかで、なかなか綺麗に手入れがされており、廟の中からは香の匂いも漂ってきましたが、境内にはだ〜れもいません。

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 膨湖島内にはあちこちに同じ様な大小の廟があり、車の中からでも結構見かけます。 このためなのか、ここの様な大きさぐらいでは観光パンフレットの地図には載っていません。

 これらの廟は、よその人間には関係のない、本当に純粋な村民の信仰の対象として守られ、維持されているんでしょうね。

 蛇頭山への途中の道筋には、観光パンフレットに出てくるような柱状節理の崖なども見られますが、私達の目的からはパス。 車の中からのみ。 ともかく時間が足りないのです。

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 蛇頭山地区 ( 山というより英語表記 「Shetou Hill」 のとおりの “丘” なんですが ) は、綺麗に整備された公園になっています。 天気がよくて風が無ければ、ピクニックには最高でしょうが・・・・

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 なぜここに来たかというと、ここに旧海軍の軍艦「松島」の遭難者慰霊碑があるからなんです。

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(「軍艦松島殉職将兵慰霊碑」 と読めます。)

 現在あるものは、元々のものの最上部の碑とその下の石段1段のみで、その下と周囲は最近になって作り直されたものです。 外周は船の形を模しています。

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 ご存じのとおり、「松島」は明治41年に遠洋練習航海の帰途、ここ馬公に寄港しましたが、その時に火薬庫の爆発により轟沈、艦長八代大佐外、乗組の少尉候補生を含む222名(慰霊碑横の由来記には225名となっています)が殉職したとされています。

 本来の殉難記念碑は、明治44年に馬公市の現在の第2漁港付近に32糎加砲を模したものを飾った立派なものが作られ、一帯が「松島公園」となっていました。

 が、その後殉職者を荼毘に付した場所に何も無いことに気付いた旧海軍が、昭和11年になってその場所を調査の上、改めてそこに現在ここにある慰霊碑を建てたとされています。

( この後に寄った「膨湖島開拓館」の職員に聞いたところ、馬公市内の殉難記念碑は戦後も暫くはそのままになっていたそうですが、その後壊されてしまい、またその一帯も市街地として整理拡張されたことから、元あった正確な場所は今となっては判らないとのこと。 飾られていた32糎加砲を模したものは多分港内に捨てられたのではと言うのですが・・・・ )

 現在の慰霊碑は残念ながら作り替えられておりますので、現在の位置が元のその場所なのかどうかは判りません。 それにしても、この様な碑を修復し、かつ綺麗に管理してくれている台湾に対して、日本人として感謝の念を禁じ得ません。 本当に有り難いことです。

 この慰霊碑から湾の向こう側に海軍基地がよく見えるのですが・・・・何しろ丘の上の吹き曝し、向かいの猛烈な風を受けますし、飛沫のためなのか霞んで見えます。 残念、天気さえ良ければ。

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 この地区には他にも仏海軍将兵慰霊碑などがあり、また岬の方へ歩けば古いものから比較的新しいものまで、監視哨やトーチカなどの色々な遺物が点在しています。

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 そして岬の先端地域には1622年にオランダが建築した膨湖諸島最初の西洋式要塞があったとされているのですが・・・・これは歩いてみた限りではその跡は判りませんでした。

 もっとも、その2年後の24年にオランダがここを撤去し、台南に要塞を作るために一切の資材を移送したとされ、その後もこの場所は明朝などにより何度も改築されています。 しかも、戦後も機銃座などの陣地が構築されていますので、簡単に歩いただけでは判らないのも無理はないかと。

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 時間があってゆっくり散策するならば、この一帯でも私達にとってはまだまだ多くの興味深いものが見つけられそうです。
(続く)

posted by 桜と錨 at 11:15| Comment(6) | TrackBack(0) | 第2回訪台記(完)
この記事へのコメント
 松島の慰霊碑はまだ残されているのですか。
 絶対に残されていないと思っておりましたので、驚きと同時に非常な感謝の念を感じました。
 ありがたいことです。
 
Posted by hush at 2009年03月29日 21:15
hush さん
そうなんです、戦後やはり壊されてしまったようですが、現在では台湾自身の手によって蛇頭山に修復され、実に綺麗に管理されています。
嬉しいですね。 こういうこともまた台湾が好きになる一因となります。
Posted by 桜と錨 at 2009年03月30日 00:41
毎回、更新を楽しみにしています。

少し調べてみたんですが、蛇頭山の遺跡としては、一番古いのが1622年にオランダ東インド商会が城を築いので、その遺跡が地下に眠っているそうです。その後にフランスが来たんですが、これは1885年の清仏戦争に際して、フランス軍が上陸したからだそうです。上陸地は南の方の紗帽山あたりだと言います。桜と錨さんが書かれた仏軍の祈念碑は、仏軍陣没者(900人余が病死したんだとか)の慰霊碑(法軍万人塚)のことなんですね。

仏軍にせよ松島にせよ、いわば余所者の慰霊碑をちゃんと建ててるあたりは、日本の統治時代の教育の成果も多少あるんでしょうし、道教の影響もあるんでしょうが、日本の方が恥ずかしいようなお話しです。逆だと慰霊碑を建てたりするかどうか。

なお。澎湖島南島部の龍門裡正角には、1895年3月の日本軍上陸第一地点の記念碑があると聞いてますが、それは今でもあるんでしょうか?
Posted by 孔子 at 2009年03月30日 22:18
孔子さん

>少し調べてみたんですが
 色々な資料がゴチャゴチャになってうっかり書いてしまいました。
 早速、膨湖開拓館で特別にいただいた日本語の「参観ガイド」によって確認し、当該箇所をちょっと修正しました。
 ありがとうございました。

>日本軍上陸第一地点の記念碑
 今回は見に行く時間が無かったのですが、裡正角ともう一つ林投の両方の記念碑とも現存しています。 ただし両方とも戦後に碑銘が「抗戦勝利記念碑」などに書き換えられてしまっていますが・・・・ とは言っても、現在は道路標識などはちゃんと「日本軍上陸記念碑」などと標記されており、また碑そのものも綺麗に管理されているようです。 
Posted by 桜と錨 at 2009年03月31日 13:53
澎湖島に住んでいます。フランス軍の記念碑は同じ蛇頭山にあります。林投にある上陸記念碑とその案内板、そして当時の写真がありましたのでご覧下さい。http://www.geocities.co.jp/CollegeLife/4300/nihon.html
Posted by 甘ちゃん@台湾 at 2010年01月04日 12:48
甘ちゃん@台湾さん、こん**は。

ご紹介ありがとうございます。

フランス軍の記念碑、そのものの写真はUPしませんでしたが、私も見てきました。 当該頁の遠景写真に写っているのがそうですよね。

澎湖島にお住まいとのこと。 いいですねぇ。 私も機会があれば、また是非行ってみたいところです。

Posted by 桜と錨 at 2010年01月04日 15:13
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