著 : 森 栄(海兵63期)
空襲の翌日、警備府長官は各部隊指揮官・関係者を集めて、早速この対空戦闘の研究会が行われ、私も出席した。
席上聞くところによれば、このような敵編隊の空襲は初めてであったとのこと。 道理でのんびりしているわいと私はむしろ感心してしまった。 そしてまず「初発見」が論じられ、服部兵曹の発見は長官以下満座の人を驚かせ、私は久し振りに鼻高々であった。
次に初発見信号が16警信号所で立ち消えになったことが追及された。 「朝顔」では船団護衛中のいつもの調子で発信したのであったが、今まで敵空襲も体験していない16警信号員は、別に爆音も聞こえず、信号文の方向を見ても彼等には機影も見えないので、単独訓練中の「朝顔」の教練文が誤って舞い込んだぐらいに考えられたのかも知れなかった。
すなわち「朝顔」としては、ハワイ空襲を受けた米国側が 「これは演習でない」 と叫んで放送をしたと同様に、「本信号緊急信、長官に中継せよ」 と冒頭につけ加えて発信すべきであったと反省された。 またそれほどに三亜海岸の風光はのどかであった。
また「朝顔」の早めの警砲1発は極めて有効であったことも確認された。 ほとんどの各部隊は「朝顔」の初弾で初めて配置に就いたらしい。
この場合は、初発見から警砲まで十分に長い時間があったので、私たち自身もゆっくりしていたが、信号が途中で立ち消えるくらいなら、むしろ初発見で直ちに警砲1発を射っておき、後ゆっくりと信号をした方が適切であったのではないかと思われた。
次に最近装備された楡林港両側の岬の2台の電探は何をしていたかという点が槍玉に上げられたが、うち1台は部品故障で当直しておらず、残り1台は当直していたが捕捉できなかったことが判明した。
私は敵編隊は電探を恐れて海面スレスレで近接してきたことを説明してやったが、長官は新着の2台がともに役に立たず、他の部隊である「朝顔」の見張力にマンマと初発見の功を奪われたことが残念そうであった。
色々な研究終わって、最後に長官は講評の一項目として、
「「朝顔」はボヤッとして三亜海岸に乗し上げたのは残念であったが、この当地初めての敵大空襲に際して大遠距離で発見し、陸上の全部隊を配置に就けさせたことは功績抜群であった。」
といって「朝顔」を激賞した。
(続く)