「特艇員」とは「特別短艇員」のことですが、この正式名称で呼ばれることは滅多になく、ごく普通に単に「特艇員」と言われます。
この特艇員、各艦ごとに乗員の中から選抜したカッターの艇員(クルー)の事で、例えば昭和17年に出された『海軍辞典』では、次のように説明されています。
「 軍艦で特別に編成している短艇員=ボートクルーである。 特別短艇員は通例水兵中特に体力に優れ、気力旺盛なる者より選抜し、戦闘教育訓練の外には艦の雑務に服せしめず専ら短艇(カッター)橈漕の練習をなさしめ、主として荒天時または急を要する場合のカッター運用に従わしめられる。 なお海軍に於い行われるカッター競漕に出場する。 ・・・(中略)・・・ 又駆逐艦等にも所有短艇を以て軍艦に準じて編成する。」
旧海軍では、荒天時などでの本来の使用は勿論ですが、この特艇員が最も有名なのは毎年一回行われる艦隊での短艇競技のための各艦代表クルーである点です。

この競技で優勝した時の艦の名誉は非常に高いものとされ、このため各艦ともこの特艇員の養成と練習には相当な力を入れていました。
そしてこの旧海軍の伝統は戦後の海上自衛隊にも引き継がれまして、昭和48、9年頃までは護衛艦隊でも盛んに行われました。
当時、第10護衛隊(むらさめ、はるさめ、ゆうだち)などの特艇員の名はよく知られたところだったと聞いています。
ところでこの特艇員、上記の解説にありますように“艦内の雑務に従事しない”というのがミソでして、普通の下士官兵は停泊中でも正規の課業や当直勤務の他に「役員」と称する色々の雑用で忙しいのですが、特艇員はこれらから免除され、練習がない暇な時間にはそれこそ日中でも居住区で寝ていたり、食事は特別なおかずが付いたりとか、ある意味で色々特別扱いされていたようです。
逆に言うと、それくらいカッターを漕ぐのはきついことなんです。 そして旧海軍の士官及び下士官兵の全員が、海軍兵学校や海兵団で、そしてまた、今の海上自衛隊でも幹部及び海曹士の全員が、幹部候補生部学校や教育隊などで一度は必ず漕がされますから、それが如何にきついものかは判っています。
したがって、当然のこととして「特艇員」ということで乗員一同からは一種の畏敬の目で見られていました。
でも、手のひらはともかく、お尻の皮が剥けるのには困るんですよね〜。 年中治る暇がありませんから、痛いし、ジクジクしてズボンのお尻のところは汚れるし・・・・特に白制服の夏場は。
にもかかわらず、現代でも防衛大学校、海上保安大学校や旧商船大学などでは部活動としてカッターが行われており、年一度の全日本大会での母校の名誉のために一年中練習をしています。 もちろん本人の自由意志による部員として。 彼ら自身、自らカッターのことを「奴隷船」と呼びながら。

懐かしい写真を見ることができ、うれしさのあまりコメントさせていただきました。
それにしても、こんなマイナーなブログ、よく見つけられましたね〜 (^_^)
確か、空の方へ進まれたと記憶しておりますが ・・・・ ?