2009年02月25日

聖市夜話(第25話)船団轟沈・流れ弾警戒−2(その6)

著 : 森 栄(海兵63期)

 もし私がこの26隻の船団部隊指揮官であったなら、いかなる方策が採れたであろうかと仮定するとき、護衛艦がわずか5隻という点がやはり最大の難点であるが、この難点のゆえに苦しまぎれに計画できそうな方策は次のとおりであろう。

1.門司より北上し、南鮮狭水道を通り、揚子江沖の花鳥山内部に1泊し、中国沿岸の島の内側を南下し、馬公南側を通って、ひとまず高雄に入れる。
2隻の基隆行きは、高雄沖で分離し台湾海峡を北上させ、護衛艦3隻(まま)を付ける。

2.狭水道通過に応ずるよう、26隻を2分し、第1、第2船団各13隻とし、護衛艦各2隻を前後に配し、船団中間に1隻を配する。

3.護衛艦不足の理由で、行動海面最寄りの航空基地に協力を依頼し、最小限水偵1機ずつの対潜哨戒でさえも頼む。


 というようなことになりそうである。

 上記中上海沖に一泊ということは大事な要素であって、各艦各船の注意力を最高に持続させるためには有効であると、私は思っている。

 この場合、各護衛艦の行動は、船団からの定位置同速の「張りつけ」方式ではなく、各海面の地形地物海象天象に応ずるような、敵の出そうなところに対する「攪乱」方式を私は要求する。 このためには、船団会議に先立って約3時間の護衛艦会議を持つことも、絶対に必要とする。

 船団隻数多く護衛艦少ない場合には、「張りつけ」方式は危険であって、現有1隻を2隻分にも3隻分にも動かすためには「攪乱」方式の道しか残されていない、と私は信じている。

 そしてこの19年6月15日の被害は、「朝顔」にとって開戦後の護衛開始以来の第76船団目に起こった初めての被害であって、私にとっても「朝顔」着任以来第26船団目に起こった初の黒星であった。

 幹部の中には、「うちに指揮させてくれたら、「朝顔」船団無被害の記録を続けられたであろうに」 と悔しがる向きもいたが、私は大勢の赴くところ、いつかはくるものと思っていたものが、ついにやってきた。 今後は毎船団ごとに被害を出すかもしれない、と暗い前途を案じたのであった。

(原注) 2番船轟沈の時私が受けたショックは、空間を伝わってきたものというよりも、海表面(水)を伝わってきたもののようであって、瞬時心臓が全周より強い力で圧迫され、これが徐々に解放され終わるまで、約5〜6秒はかかったような感じであった。
3番船のショックは、前者に比べ約1/3位で、大したこともなく、すぐ声も出た。


(第25話終)

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