で、艦長が当直将校などへの命令事項を綴った「艦橋命令簿」というものが出てきます。 この中で、
「当直将校は艦長の命を待たず、直ちに船団外方に緊急転舵するものとす。」
となっています。 当直将校は、艦長の命令がないと変針や変速は自分の判断では出来ないの? と思われる方もおられると思います。
そう、出来ないのです。
当直将校の職務については 『艦船職員服務規程』 の第481条で
「当直将校は航海中艦長の定める所により艦の操縦を掌るべし」
とされていて、艦長の指揮監督下で操艦に当たります。 これによって、航海中に交代者のいない“一直配置”の艦長も食事やトイレ、仮眠が可能になるのです。
しかしながら、同規程の第485条で
「当直将校は針路の変換、速力の増減、・・・(中略)・・・に関しては必ず艦長又は副長の命を待つべし、但し緊急の場合に於いては適宜必要なる措置を執りたる後事件に応じ速やかに之を艦長又は副長に報告し・・・」
とされ、夜中であろうと何であろうと、全て艦長の許可を得た後でなければ当直将校は勝手に変針も変速もしてはならないのです。 これは例え旗艦からの変針変速命令が出た場合でもです。
艦長の “一直配置” の大変さ、というのがこのこと一つでもご理解いただけるでしょうか?
したがって、艦長の責務としては第485条にある「緊急の場合」というのがどの様な時なのかを、イザという時にその場で当直将校が迷わないように、出来るだけ具体的に予め示しておく必要があります。
その一つが今回の「聖市夜話」に出てくる艦橋命令簿の話しなのです。
ところで一方では、やはりそこは“船乗りのスマートさ”、上手く考えられています。
例えば速力の増減。 ここで言う増減とは、「前進原速」とか「第一戦速」とか、機関操縦上で定められた速力の使用法のことを示します。

ところが、例えば単縦陣で航行している場合、同じ「前進原速」であっても、実際には各艦とも全く同じ速力で走れるわけではありません。 船体の汚れ具合や、その時の吃水、微妙なプロペラ回転数の違い、・・・・等々があるからです。
そこで、この「前進原速」などを適正に維持するために「赤黒」というのを使用します。 例えば「赤10」と言うように。
これはその時の使用速力に対する規定プロペラ回転数に対してその数値分だけ回転数を増(=黒)減(=赤)することを意味します。
この赤黒の使用は艦長の許可を得る必要はなく、当直将校が自分の判断で自由に使うことができます。
(単縦陣の列艦距離を常に適正に維持するための赤黒の使用で、夜中に一々艦長が数分〜十数分おきに起こされたのでは堪りません。)
この赤黒は、これを機関操縦室に指令するために「回転通信器」というのを使用します。 戦艦や空母ですと最大で20まで、巡洋艦で30ですが、駆逐艦などでは50が最大です。 大雑把に言って大体10回転が1ノットぐらいに相当すると考えていただければ宜しいかと。

この変針変速の権限や、「赤黒」を使う速力調整のやり方は旧海軍からの伝統で、現在の海上自衛隊にも引き継がれています。
で、それなりの操艦技量を持った普通の当直士官ならば、陣形位置保持のための「赤黒」の使用は大きくてもせいぜい10か15までを使えば十分なんですが、中には艦長が寝ている間に40とか50とかをバンバン使う強者も・・・・(^_^;
駆逐艦のノンフィクション小説を読んでいた時に
「夜間当直将校が居眠りをしているときに艦隊が
変針、見張り員、操舵員は気づいていて、報告も
するが、 当直将校が居眠りのため変針指示が
なく、操舵不可。このままでは艦隊に追従
出来ない。すんでのところで艦長が飛び起きて
きて変針指示を出したため事なきを得た」
というくだりがあったのですが、
もし当直将校が起きていた場合は、当直将校が
艦隊の変針を認めたのち、艦長の命令を受けたうえ
で変針命令を出す、という流れになるのでしょうか。
回りくどいですが、艦長は艦の全ての動向を
リアルタイムで把握していなければいけないという
ことですね。
>艦長は艦の全ての動向をリアルタイムで把握していなければいけない
原則はそのとおりですが、夜間仮眠中など艦橋を不在にする場合の緊急時などでは、まず当直士官が処置をとった後の事後報告になりますね。
それにしても、当直士官が居眠りですか。 普通は考えられませんが、もしそのようなことがあれば懲罰ですね。