2009年02月10日

『聖市夜話』(第23話) 我に一夜を(その4)

著 : 森 栄(海兵63期)

 ところが、入港してみたらまた7日と同じ状況となった。 先任参謀は、「済まん、全く済まん」 を連発しながら、今度は高雄在泊中の他の護衛艦の状況まで追加説明して言った。

 「A艦は主機械の具合が悪いし、B艦は補助機械の分解修理中だし、C艦は艦長が○○だし、結局「朝顔」しかないんだヨ。 頼むからもう一走り行ってきてくれんか。 今度は必ず約束どおり一晩休ませてやる。 全く済まんが頼みます。」

 といって、C艦々長の件では内容を詳しく語らず、ただ右の人差指を頭に向けた。

 私たちもこの頃、護衛艦側で起こっている行動不平均だという不平不満の話を、どこからともなく耳にしていたし、また気が強くて先任参謀と同年輩ぐらいの艦長の中には、同参謀に逆に食い下がって、上手に乗員を休養させている名士もいるようであった。 そこに行くとイ36の生え抜きの旧一等、旧二等の艦長達、特に私のような駆け出しの若い艦長には、同参謀が一番頼みやすいことも良く分かっていた。

 10年も先輩で、しかも日頃尊敬するこの先任参謀に、このように頭を下げて口説かれたんでは、後輩たるもの誰がそれでも嫌だと言えよう。 私は次の約束は本当だろうと信じて、元気を取り戻して気持よく了解した。 乗員もまた、岸壁の給水管の所で機敏に洗身洗濯を済ませ、燃料清水を満載して1800出港した。

 湾口を後にして洋上に出てから、艦橋にやってきた先任将校に私は冗談を言って笑った。

 「艦長がお人好しだと乗員が苦労するねー、俺もいっちょうやるか!」

 先任将校は、若いのに似合わず思慮分別のありそうな顔をニッコリさせて、「そうですなー」 という長い返事をして笑った。 この先任将校は常に平然と落ち着いていて、どんなことがあっても悠然として動じないという頼もしさがあり、スグかっかとなる私にとって良いコンビであった。

 今度「朝顔」がバシー海峡の護衛強化をする船団は、テ05船団8隻、指揮官第9班、護衛艦5隻であったが、前と同様に「朝顔」は洋上にて合同し、バシー海峡を突破、後海峡の敵潜が追跡してこない所まで護衛協力し、洋上にて分離し13日1430単独で高雄に帰着した。

 今度は湾口の信号所からも信号もこないし、横付岸壁に生糧品の笊も見えなかった。 「今晩は休めるぞ!」 と艦長以下全乗員は喜んだ。 先任参謀1回は嘘をついたが、今度は約束を守ってくれた、と思った。

 私は岸壁に横付けし、佐世保出港以来10日間着のみ着のままの服で歯を磨き顔を洗って迎えの車で司令部に向かったが、いつものように背柱を立てて腰掛けていることすらできず、ソファーに肘をついて斜め横になった。 頭はガンガンして、車窓から懐かしい高雄の町を見る気力も体力もなかった。

 疲れ切った体で司令部に着いた私は、司令官に任務報告を終わって後、先任参謀の机の横の椅子にベッタリと座り、同参謀から 「御苦労さんだった」 と連発されたが、頭がガンガンしてこちらから物をいう元気すらなかった。
(続く)

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