2009年02月04日

『聖市夜話』(第22話) 海南島の鉄船団(その5)

著 : 森 栄(海兵63期)

 またこの頃、私は連続する航海中に色々な部下乗員から密かに労わられていることを身近に感じた。 それは交替者のいない一直配置の艦長に対する労りであった。

 艦長を除き先任将校以下若い水兵に至るまでの全員は、当直は3直か4直であって、当直が終われば自分の寝台でグッスリ眠ることができたが、ただ一人艦長だけは航海中、下甲板の艦長室に帰ることも全くなく、吹き曝しの艦橋のコンパス横の折椅子で仮眠するか、よくても艦橋左舷の魚雷戦発令所内の幅狭く丈の短いソファで、両足を伸ばすこともできずに仮眠していることを乗員はよく知っていた。 そしてこんな作戦行動そのものが私達護衛艦乗りの生活そのものであった。

 この生活のなかで疲れている艦長によく休んでもらおうという優しい心使いの片鱗を、駆逐艦勤務に長い老練な特務士官、准士官からも受けたし、また乗艦早々の若い水兵からも受けたし、また中堅である古い兵曹からも受けた。

 そしてその時刻も正子前後であったり、日出前であったり、日中であったり、要するに行動は1日が24時間であって、内地陸上勤務の3倍であり、戦時第一線勤務の恩給加算が3倍であることに合致しているかのようであった。

 しかし、この艦長に対する労りのなかで、古い幹部が若い電報取り次ぎに対して、「艦長は疲れている、ツマラヌ電報など届けて艦長の休養を妨げてはならぬ。」 と達しているのではないか、という錯覚に襲われた。

 ツマラヌ電報か重要な電報かを判断するのは誰がやるだろうか? ツマラヌ電報と彼等が思って艦長に到達することが遅延することを私は恐れた。

 若い電報取り次ぎは私が眠そうな目を無理にあけて電報を読む姿を見て、何か悪いことをしたかのように恐縮したが、実際正子過ぎの深夜に1時間おきぐらいに電報を届けられるのでは、眠りから心を覚めさすことだけに関しても大きな努力が必要であった。

 ある時電報放り次ぎは、つい声をすべらして私に対して「済みません」 と付け加えた。 私は言った。

 「艦長という役目はね、電報がきたらすぐ見ておかねばならない役目なんだよ。 いくら私が眠くても、お前たちは遠慮なく持ってきて私に見せてくれることを艦長は心で希望しているのだ。」

 そして私はいくら眠くても、絶対に不愉快そうな顔をしてはいけないと自ら深く戒めたのであった。
(続く)
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