2009年01月22日

『聖市夜話』(第20話) 恥ずかしき幸運(その3)

著:森 栄(海兵63期)

 ついでに言えば、同じ93式探信儀を持っていても、各艦の技量には大きな差があったようで、艦艇長が少佐で探知距離1,500メートルの艦より、大尉で2,500メートルの艦の方が、船団部隊指揮官としては、はるかに頼りになる護衛艦であった。

Sonar_Type93_Model1_s.jpg
(九三式探信儀一型大要図  旧海軍史料から

 また要素中2キロ信号灯の有無というのがあるが、これは緊急時船団を運動させるためには大変確実な信号灯であった。

 もちろん教科書では敵に分からず味方だけに分かる通信連絡の方法をまず原則として教えるだろうが、緊急時混乱を避けるためには、敵は敵ですぐ後で処分するものであるから、敵に知られることよりも、味方全軍に誤りなく指揮官の意図を通達することの方が優先され、その場合2キロ信号灯は最も良い道具であった。 また咄嗟会敵(我もビックリ敵もビックリ)の場合には、敵を気持の上で叩くのにも使える道具であった。

 さて新しいサタ02船団(6隻)は、台湾高雄まで接岸でなく沖合航路で東航を続けた。

 多分この時と記憶しているが、香港南方の南シナ海のド真ん中で、船団前方「朝顔」、後方駆潜艇で進んでいた某日午後のことである。 船団後尾の商船から「敵潜望鏡!船団後方何キロ」 という信号があった。

 大抵の船団では、「駆潜艇ソレ行け」 と出して、その命令も 「船団後方の敵帯を制圧せよ」 とか 「攻撃せよ」 というのが一般のようであったが、私のやり方は違っていた。

 私は、「船団部隊指揮官がまず覗いて調べてみて、捕まえたら撃沈する」 という原則であった。 「船団は今まで餌としてよく行動してくれた。 次席艦は船団を連れて幕の中(敵潜視界外)に早く消えろ。 敵潜が尻尾を出したからには、後の仕事はこちらのものである」 という、良く言えば指揮官先頭、陣頭指揮、悪く言えば気負い、功名心、自信過剰があった。

 発見信号を受けた「朝顔」は直ちに船団前方からクルリと反転し、船団側方を反航し、「駆潜艇船団前方に占位せよ」 を発令し、探信儀の送波器を揚げ増速し (大抵18〜20ノット) 西の方向に急行した。 東に向かう船団は見る見るうちに遠くになった。

 こんな場合船団は早く見えなくなる方が良いが、商船より姿の小さい駆潜艇は船団の前方に出たのであろう、船団の影に隠れてしまって余りよく見えない。 一方西の方の眼前には牙をむいた猛獣がいる。 場所は大海原のド真ん中である。

 いつも強気一点張りで全乗員を引っ張ってきた私も、僚艦は東の方に見えなくなり、自分一人猛獣の待ち構えている死地に跳び込むのがちょっと怖くなってきた。

 私は頭の中で盛んに計算を繰り返した。 発見船と「朝顔」の距離はどのくらいだったか、発見船の目測誤差は果たしてどのくらいだろうか、「朝顔」が反転して増速してから今まで何メートルぐらいきているだろうか。

 もちろん航海長はこのとき海図上に行動を記入しつつあった。 しかし発見船の報告が万一実際より2キロ以上も遠く間違っていたら大変なことになるぞ。

 しかし、商船の距離目測能力というものは、老練な船長が直接発見した場合ならともかく、一般の当直員のものは、2〜3キロの誤差があるのはザラであった。 また商船では海軍のように、「船長常時船橋」ということも船によっては期待できなかった。
(続く)

この記事へのコメント
はじめまして、TK-Xと申します。
記事のほう興味深く拝見させて頂きました。
所謂ソナーの探知能力が水中状況等で変わる事は知ってましたが練度によっても結構幅があったのですね。
ところで、私は最近旧海軍の対潜兵器や音響兵器に興味を持ち、図書館やネット上で史料を探しているうちに、こちらのブログをみつけたのですが
記事にある九三式探信儀一型大要図は何という名前の史料に掲載されていたのかもしよろしければ教えて頂けないでしょうか?
不躾なお願いで恐縮ですがお返事を頂けたら幸いです。
Posted by keisuke0714 at 2018年10月22日 21:21
TK-X さん、初めまして。

お尋ねの史料は 「横廠軍極秘第6222号」 ですね。 作成・発刊の日付などは不詳です。
Posted by 桜と錨 at 2018年10月23日 11:28
回答して頂きどうもありがとうございました
これからもこちらのブログやHPを楽しみに拝見させてもらいます。
Posted by keisuke0714 at 2018年10月23日 19:00
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