2009年01月10日

聖市夜話(第19話) 悲しき花びら−2(その1)

著 : 森 栄(海兵63期)

 私は「朝顔」着任の初め、「雁」時代の戦訓により、対潜艦艇の重要なる一戦力として「総員配置に付け」の一秒でも早いことを要望し、昼となく夜となく、丁度兵学校における「総短艇訓練」のように秒時計を持って新しい全乗員を訓練し、その秒時は一応の練達の域に達していたが、今ここに実戦の間にその威力を示して、艦長を満足せしめてくれたのであったが、彼我の距離はいまだ十分なゆとりを残しており、約6,000メートルと目測された。

 敵は依然として針路、速力を変えない。 「この勝負は勝った!」 と私は思った。 そして「21号駆潜艇」宛て

 「敵潜船団追及中、我これを攻撃す。貴艦は船団をツーラン (Touran、現在のダナン Da Nang) に入れたる後、速かに我に合同せよ。」

 という電報を発した。

 余りにも敵潜が一気に前動を続行するので 「この敵潜はレーダー故障かなー」 と私は呟いた。 「否、レーダー当直員がポヤ助かな」 とも思った。 総員戦闘配置のブザーで、艦橋に上がってきた主計長(橋本主中尉)と軍医長(大友医少尉?)とを近くに呼んで私は言った。

 「いくら戦争中でもコンナのは滅多に見られんゾ。 よく見ておけ! 今から沈める。」

 二人は七倍の眼鏡を代わるがわる首からかけて、「オー良く見える!」 を連発したが、実はかく言う私自身でさえ、こんなポヤ助にお目にかかったのは初めてであったし、また最後であった。 ・・・・20年4月末の2隻も大分ノンビリはしていたが・・・・

 私は6ノットに落としていたまま、まだ速力を上げなかった。 というのは「朝顔」は横の姿は85メートルであったが、「正眼」に構えるならばその幅僅かに8メートル、もうこれ以上我が身を縮めることはできないという時に、少しでも艦首波を出しては、暗夜に大禁物であった。

 操舵員長は必死になって艦首を敵潜司令塔中央に向ける。 一寸でも細長い横っ腹を見せる訳にはいかない。

 この時既に私が着任後教えこんだ艦首零度射撃とキの字型爆雷戦の用意は完成していた。 「朝顔」は丁度肥えた鹿を前にして、将に飛びかからんとするライオンにも似ていたが、一方敵潜また船団という鹿の群目がけてまっしぐらに追及する、逆上したライオンにも似ていた。

 「朝顔」と敵潜の間隔は相対速力約25ノットで見る見る内に詰まってきた。 目測4,000。 満を持していた「朝顔」も、もう我健ができなくなって、私は第1戦速発令、「1番砲射ち方始め」を令して、ここに初めて仮面を脱いだ。 時に0358。

(原注) アト1,000メートル我慢ができなかったか、と戦後に回想。


 この時照射したかどうか覚えていないが、初弾から3発の弾着が司令塔の遠近によく見えたことは確かであった。 突如の砲撃に敵はビックリ、急速潜航を令したらしい、司令塔は見る見る内に潜り始めた。

 そして将に潜没せんとする時、艦首から艦尾までの全面にわたって、夜目にも鮮かな白い飛沫が一斉に上がり、司令塔が逆にムックリと浮上し出し、艦首がこちらに回頭し出したように見えた。 私は思わず「雷跡に注意せよ!」 と怒鳴った。

 しかし敵の反撃は認められず、司令塔の浮上は止まり、こんどはスーッと急速順調に潜没してしまった。 時に0402。

 この僅かの間の射撃弾数は、約3〜4発と私は記憶していたが、交戦記録では8発となっている。 3の誤りの8か本当に8発であったか、私には明らかでない。 命中弾はなかった。

 「朝顔」は既に探信儀の送波器を納め終わり、行脚も第1戦速に達しつつあった。 サア、今度はいよいよ本領の爆雷戦である。 これで逃したら目も当てられぬ。

 私は敵潜針路000度とみ、第1散布帯の進入をなるべく090度方向にしようとし、敵潜没海面を睨みながら操艦し、良しとみて「投射始め」を下令した。 時に0405。

 後はキの字型投射法の計画どおり、機械的に行動するばかりである。 発光器も計画どおりに投入され、第1と第2散布帯の間の横距もウマクとれたようであったし、第3散布帯もウマク行った。 不発爆雷も極めて少なかったようで、投射終わって投射爆雷数29発の報告を耳にしたと記憶している。 時に0430。

 これで後甲板にあった爆雷は全部落とし込んでしまったので、私は「次発装填」を令し、水雷科員は次の攻撃に備えて、全員大張切りで艦内深い爆雷庫から暗夜の後甲板に爆雷用デリックを使って残りの爆雷を上げにかかった。

 「朝顔」は速力を9ノットに落とし、探信儀の送波器を降ろし、チラリ、チラリと夜明け前の暗夜に点滅する6個の発光器を中心として、約2,000メートルの半径で全周を回りながら探知捜索したが、29発が爆発して作った海水中の気泡の群れはなかなかに消滅せず、気泡内の識別は困難を極め、気泡外にも敵情を得ず、敵潜はどこに隠れたか全く分からなかった。
(続く)

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