著:森 栄(海兵63期)
大晦日の酔い
東奔西走、またスマトラ北端の可愛いいサバン島に入港した。 今日は17年の大晦日。 港内の木造岩壁に横付して交互に入湯上陸、陸上でも艦内でも酒宴が始まる。 天気快晴。
私も幹部を連れて丘の中腹の例の士官宿舎に行く。 沿道の住宅地帯はいつ見ても美しい。 極彩色の沢山の色を1人で身に着けている小鳥、これこそ「神の造り給う」衣裳かと思う。 先ずは風呂に入って行動の垢を落す。 身心爽快になってソファーに座り、新鮮な山海の珍味に舌鼓を打つ。 食う程に飲む程に満腹満足し、夜と共に酔も回ってきた。
夜半になり突如艦から連絡到着。 電文に曰く 「セイロン敵重爆隊、元旦を期しサバン方面攻撃の算あり」 と。 酔いも醒め、私の脳裏には11月の被爆の苦い思出が去来する。 再び同じ目に遭って堪るか!
しかし一同のこの酔いで果して夜間出港が可能であろうか。 私達は直ちに帰艦し、総員について酔払い状況を調査し、約半数は元気と知って 「よし、出港可能」 と判断した。
なにしろ昼間出港ですらまだ年期が入っていない、しかも夜間である。 かつ約半分の乗員は酔っている。 しかし、元旦の日の出頃出港したのでは高速を使って港から離したにしろ、視界の大きい重爆隊にたやすく発見されてしまう。
私は 「強行出港!」 と決断した。 またこれも好い訓練になる。 「雁」の困難な将来を考えるとき、随時随所に夜間出港ができないようでは覚束ない。
艦橋に上り月夜の港内をみる。 旗甲板で掌水雷長に会う。 釣りも好き、酒も好きな彼も今夜だけは腰が立たない。 外舷から落ちられては堪らない。 「安心してここで休んでおれよ」 と私は彼に言った。
機械、舵の準備完了。 舫索を逐次外していって後進出港。 「雁」はうまく狭い湾口からスッポリと洋上に出てくれた。 洋上にさえ出ればこちらのもの。 セイロン島とサバン島とを通ずる線に対して直角の方向に高速で走った。
翌日の18年元旦、予想された重爆隊は遂に来襲しなかったが、取止めの理由が敵さんの都合であったか、また情報の誤りであったのか遂にわからなかった。 哨区内でカルカッタから一番遠く、唯一の安心できる休養地だった可愛いいサバン島もどうやら怪しくなってきた。
(続く)