昨日は今の私にとっては体力的にも気力的にも久々の “大遠征” となる、江田島の海上自衛隊第1術科学校までボロ車で往復しました。
呉から音戸大橋 (第1、第2)、早瀬大橋を経て1術校に至る現役の頃に数えきれないほど通った道ですが、安全のためにゆっくり走ることにして少し早めに家を出たものの道が良くなっている事もあり、アッサリと約1時間で着いてしまいました。
式そのものは当然ながら第1術科学校長が取り仕切るもので、まず厚生センターで昼食会、ついで1砲講前で解体式典、そしてその後は希望者に参考館や大講堂などの見学でした。
それにしても、実際に担当する (させられた) 砲術科は、科長以下幹部・海曹教官総員での事前準備及び済々とした実施で、立派なものでした。 大変だったろうな 〜、と (^_^)
学校側も招待者側もそれなりの肩書を有する人達が参集しますし、必ずしも鉄砲屋ばかりではありませんで、式そのものはいわゆる官公庁としての一つの儀式ですので、落ちこぼれの鉄砲屋の私としては “枯れ木も何とか” の一人として気楽に参加です。
昼食会は今は 「江田島クラブ」 と名前が替わっている元厚生センターの一階でです。 ここには業者の食堂があったのですが、現在では隣の学生・職員向けにコンビニや本屋・写真屋などが入っている古い昔の平屋の厚生館の委託食堂のところへ移っており、ここは多目的会場になっているようです。 したがって、食事は外の業者の仕出弁当で、サービスはコーヒーなどの飲み物の給仕も含めて全て砲術科の者の担当です。

昼食会の後は、学校側と部外参列者揃ってバスで1砲講前の解体式典会場へ。

砲術科幹部・海曹教官と在校砲術科学生の総員が整列し、1術校長以下学校側と部外参列者は折りたたみ椅子の席に。
簡単な1砲講の歴史の説明のあと、砲術科長による1砲講入口に掲げられている木製の看板の取り外しと1術校長への返却、代表者によ献花と日本酒のお清め、参列者総員での記念撮影です。 まあ公的式典ですから、私は “枯木も” の一人で黙って座っていれば良いので (^_^)

今回の第1砲術講堂解体式への私の参加の目的は、次の2点でした。
一つは、鉄砲屋としての原点である第1砲術講堂の最後の姿を見ること。
もう一つは、私が鉄砲屋として師匠と仰ぐお二方にお会いできること。
最初の目的である懐かしい第1砲術講堂の最後の姿ですが、講堂の中は既に全てのものが撤去されており、全くのガランドウになっておりました。

実機演習室の3インチ砲などの数々は砲の据付座なども既に無く、机上射撃演習室の装置なども全て解体撤去済みとのこと。 また、倉庫に山積みになっていた古いスタディガイド類も処分したとのことでした。

( 昭和56年の机上射撃演習スタディガイドより机上射撃配置図 )
二つ目の目的では、伊達氏は呉水交会での参加で、大変お元気なお様子でお目にかかりました。 もう一人の師匠と仰ぐ出羽氏は残念ながら既にお亡くなりになられておりますが、その御子息が砲術科の幹部教官として勤務されており、出羽氏の現役時代そっくりな顔立ちの立派な姿にお目にかかりました。
この1砲講の既に建物だけになっているガランドウをこれから解体した跡は当分更地のままとされ、今のところそのあとどうするかについては決まっていないとのこと。
砲術科長に、「せめて術科教育のメッカたる1術校らしく、砲術のみならず、水雷などの各種の装備を集めた記念の展示館などを作ったら?」 と聞いたところ、「それも要望としては挙げているのですが、どうなるか ・・・・」 だそうで。
術科を重要視しなくなった、昨今の “制服を着た能吏” 達が牛耳る官公庁組織の一つとなっている海上自衛隊の姿を良く表していますね。
一つ気になるのは、この古い1砲講の隣にある第2砲術講堂です。 ここは射撃指揮装置1型とMK42 5インチ単装速射砲の実機教材のためのものですが、前者は装備艦は既に無くここも用途廃止済み、後者は練習艦となっている 「さわかぜ」 「はたかぜ」 が除籍となれば装備艦は無くなり間も無くこれも用途廃止となります。 ここに一緒にあった砲術科教官室はとうの昔に学生館裏の総合術科講堂に移転済みですので、そうなるとこの2砲講の建物は今後どうなるのか ?
式典終了後はまず1砲講横の旧陸奥砲塔での砲術科の説明ですが、砲塔横での簡単な説明のみで砲塔内の見学はありませんでした。 う〜ん、中には何度も入ったことのある私としては、折角の機会なのにちょっと勿体ないかと。
横にいた砲術科の幹部教官に聞いたところ、連装砲の尾栓の所在が2つとも不明であることは勿論のこと、砲塔の横にある端艇用具庫となっている場所に元々はこの砲塔用の動力室があった事も知らないようでした。
陸奥砲塔の説明のあとは希望者に対する教育参考館などの見学ですが、通常の江田島一般見学者に対するものと同じ内容で、参考館の地階や大講堂の表側の皇族控室などの見学は無いとのことでしたので、私は参加予定を取り止めて早目に引き上げることに。
厚生センターまでマイクロバスで送ってもらい、土産物など売り場を抜けて裏の駐車場へ。 折角ですから土産物に何かめぼしいものがあればと覗いてみましたが、全くの一般見学者向けのものばかりになっていました。 流石は超有名な観光地になっていることはあります。
あとは自家用ボロ車に乗って正門を出て、来た道を帰るだけ。 復路も家まで約1時間でした。
う〜ん、江田島は防大海上要員の夏期定期訓練に始まり、これまで候補生、1術校学生・教官・部長など何度も勤務しましたが、一OBとなった身としてはもう見学に訪れる魅力は無いようですので、おそらく何か特別な用件でもできない限りこれが最後の機会となるのではと。

( 防大2年の夏期定期訓練にて まだこれらもありましたね )
私が入隊した時にはすでに接近禁止でしたが、
「解体予算がない」とのことで放置されておりました・・・・
中をしっかり見たことも一度だけでしたが、机上射撃演習室には入ったことがあります。
そこにあったものはいくつか現在のGFT講堂に保管されていますね。
第2砲術科講堂はまだ実習機材(Phalanx)がありますので、講堂の整理統合がない限りは残るのではないかと・・・・