これももうかれこれ何十年も前になりますが、初級幹部で護衛艦勤務の時のことです。
停泊中の巡検前、副直士官は艦内を一巡して整理整頓や清掃の状況などを確認し、「巡検用意よろしい」 を当直士官に届けます。
で、ある日この艦内の見回りの途中で烹炊所(調理室)の前を通りかかった時、大きな釜でタラバガニの足を茹でているのが見えました。 「今日の夜食は豪華だねえ、カニかあ〜」 とにんまり。
が、巡検が終わって舷門から士官室に戻って夜食を楽しみに待っていましたら、出てきたのは普通〜のもの。 あれっ、あのカニは?
そこで、夜食を食べ終わってから烹水所に行って後片付けをしている調理員に 「さっき茹でていたカニは?」 と聞きましたら、「あれは冷凍庫に残っていたもので、当直の調理員や4分隊員でたいらげました」 と。
翌日調理員長からは、「それは言わば調理員の余禄ですね。冷凍庫にはかつて仕入れて使って余った中途半端な量の食材があれこれ色々と溜まりますので、それらは賞味期限が来ない内に適当に処分していかないと冷凍庫に新しいものを入れるのに中が一杯になって邪魔になりますので」 との返事。
まあ言われてみれば確かにそうだろうな、と納得はしたものの、カニ好きの私としては大きな釜で茹でているのを目の前で見せられては (^_^)
ただし、これは各艦が割り当ての食費額により独自の献立表を立ててその食材を調達できていた時代のことです。
その後は、事前に特別の許可を得た研究調理やレセプションなど以外では、通常では補給所 (現在の造修補給所) が作る標準献立に基づき、当該地方隊在籍分が一括購入される決まった材料 (食材やレトルト食品) を艦のその都度の食数 (人数) 分しか受けられなくなってからは、この様なことは無くなりましたし、できなくなりました。
この標準献立についてはまた後ほど。
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前 (1) :
http://navgunschl.sblo.jp/article/190428469.html
駆潜艇に乗組み中、4分隊の経理・補給は2分隊になっていたので1人で電信当直の時は同じ分隊のよしみで、金色の蟹缶をこっそり持って来て電信室で一緒にゴチになっていました。
露天甲板の直ぐ下は居住区で夏の地獄の様な暑さ冬の寒さはありますが、護衛艦では入らない地方の港、北は岩手の久慈港、南は鳥羽まて港町ブルースを地で行くような感じでした。
・1で書きましたように、制式には「給養員」で、通常は「調理員」と言っておりますが、海自の創設期から旧海軍の用語である「烹炊員」も広く使われております(ました)ね。
なお、旧海軍では「烹炊所」と言っておりましたものを、海自艦艇では当初から「調理室」としております。
本稿でお話ししたように、昔は各艦艇が糧食費の予算割当額を独自に使えましたので各艦艇の補給長や員長が工夫して色々なことができ、また調理員も食材の下拵えから始まって腕は高かったですし、どこも食事は今よりは遙かに美味しかったですね。