2023年02月21日

故 松本零士氏の思い出


もう20年以上前のこと。 平成11年に呉地方隊の展示訓練が大阪湾で行われ、私の 「きりしま」 もその目玉の1隻として参加し大阪南港に入りました。

そしてこの時に松本零士氏が保管しておられた 「出雲」 が日本海海戦で掲揚したとされる記念軍艦旗が海上自衛隊に寄贈されることになり、「きりしま」 艦上で氏からの贈呈式が行われました。

その贈呈式のあと、氏からこの 「出雲」 の記念軍艦旗を出港の時にメインマストに掲げてもらいたいと申し出が。

海上自衛隊での規則には反すること (自衛艦旗は軍艦旗と同じデザイン) ですし、何しろ古いものですので万一揚旗線にでも絡んで毀損でもしたら、と一度はお断りしたのですが、それでもと氏のたっての強いご要望により 「判りました、喜んで」 と。

そして展示訓練で一般の乗客の方々を満載して出港する時に、メインマストにこの大きな記念軍艦旗を高々と掲げて。 これは翌日の各新聞の地方版でも大々的に取り上げられました。

もちろん呉監や海幕などに事前に了承を得ることなく、艦長たる私の責任で独断でやったことですが。

この記念軍艦旗、このあと阪神基地隊か呉監かに召し上げられたのですが、その後どうなったのか。 現在までどこでどの様に保管されているのかなどは、見たことも聞いたことも無いのですが ・・・・ ?


松本零士氏には折角の機会ですからと、贈呈式のあと隊司令に断って特別に当時最新式のイージス艦のCICの中をご案内しました。 艦長席に座っていただいて “ここで艦の指揮を” などと説明を。 もちろんスクリーンやコンソールなどの表示は正規のものとは全く別の状態としてですが。 氏は 「宇宙戦艦ヤマトのイメージと良く合ってますね 〜」 と感慨深げに。

当時は松本零士氏も還暦を過ぎたばかりで、一段と脂の乗った時期。

懐かしい思い出です。


氏の魂を乗せた列車は今頃どの辺りの星空を走っているのでしょうか。 氏のご冥福を心よりお祈りいたします (合掌)

posted by 桜と錨 at 20:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 気ままに
この記事へのコメント
すばらしい逸話をありがとうございます。
Posted by killy at 2023年02月23日 19:03
killy さん、こん**は。

もう20年以上前のことですが、私にとっても忘れ難い貴重な出来事でした。

でも、あの「出雲」の記念軍艦旗、今どこにあるのでしょうかねえ? こんなことになるのなら、一時私の手許に置いておいて、キチンとした保存・保管先が決まったところで、私からそこへ直接送るんだったと。

Posted by 桜と錨 at 2023年02月24日 19:04
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/190190797
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック