私達海自災害派遣部隊司令部が呉総監に率いられて半分壊れかかった阪神基地隊庁舎に進出してから1週間ほど経った時のこと。
ある日の昼間、パトカーが1台スーっと敷地に入ってきました。 一体何事かと見ていたのですが ・・・・
「済みません、簡易トイレが並んでいるのが見えたので使わせてください」 (^_^)
考えてみれば、神戸は震災で上下水道も電気も全てやられましたので、住宅街や官公庁、商店はもちろん、工場、公園などで既存の水洗トイレが使えるところはありません。
陸上自衛隊が進出してきた避難所には簡易トイレなどが置かれましたが、警察官といえどもまさか制服を着たままで住民の人達に混ざって使うわけにはいきません。 (陸自隊員が休憩でタバコを吸っているのを見ただけで “サボっている” と非難の嵐になったくらいですから。)
「警察の方もさぞ大変でしょう。 ここなら遠慮なくいつでもどうぞ。」
で、その簡易トイレなのですが、私達が阪基に進出してきた時には、既に庁舎の裏に十数台がズラリと並んでいました。 住宅建築や工事現場などでよく見かけるあれです。
これは、阪基勤務の某係長が発災の直後に突然何を思ったのか、出入りの業者に連絡をとって “あるだけのものを直ぐに持って来てくれ” と。
結局これが阪基に司令部を置いて活動するための “殊勲甲” となりました。
人間というもの、究極の状況に置かれた時には普段の言動からは考えられない発想と行動が出来るものと思わされた次第です。
そして、組織というものは、優秀で均質な人材を揃えるだけではなく、できるだけ色々な性格や言動、能力の人も沢山抱えている方が、いざという時に思わぬ強さを発揮できるものであると感じました。
この某係長、災害派遣が終わった時にそれに値する十分な賞詞が出ていると良いのですが ・・・・ ?
(続く)
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それまでの神戸市長は、ラジオで「前任者より仕事をしてはならない。後の人が大変だから」と公言していました。
火災が起きてもホースが破れていたり、足りなかったりで多くの人命が失われました。
いわれのない中傷に耐えながら職務に励まれた(励まれている)皆様に感謝します。
トイレについて、かつて私が全国的に話題となった災害地に赴任したときの経験です。私が赴任したときには一段落していましたが、再度の発災に備えて様々な物資が備蓄されていました。ところが、用意してていなかったものの一つにトイレットペーパーがあり、後日苦労しました。
2000年問題の時の勤務地で様々なことを想定して対応を考えていたときにそのことを思い出し、「断水したら水洗トイレが使えないので水を用意しておくべき」と意見を出したところ、笑い飛ばされました...
簡易トイレの必要性に気づき、逸早く手配された係長氏に敬意を表します。
阪神淡路、東日本と続きましたので、各地方自治体もかなり自覚はしたと思います。 それを期待していますが。