2022年10月28日

『一若年士官の戦時体験記』 元原稿


私が師と仰いできた故伊藤茂氏が、海上自衛隊の部内誌 「艦船と安全」 に昭和53年10月から54年5月まで8回に分けて連載された 『一若年士官の戦時体験』 ですが、毎月発行された当時の同誌が配布先の海上自衛隊の各部隊・機関でも今では既に残されているものはまず無いこともあり、本ブログにてこれを29回にわたりその全文を掲載し、その際、現在の若い海自現役の隊員や一般の方々では分かりにくい事などについて私の補足コメントを付けたところです。

Itou_memorial_cover_s.jpg
( 当時の 「艦船と安全」 誌で連載された時のタイトル画像 )


この度、故伊藤茂氏のご遺族のご厚意により氏の遺された旧海軍・海自関係の史料の一部をお借りできましたが、この中に当該連載記事の元原稿一式も含まれておりました。

Ito_Senjitaikenki_orig_01_s.jpg

この 「艦船と安全」 編集部への元原稿には、氏が起稿された後も何度かの再推敲の跡が残されております。

そしてこの元原稿一式の中には、各回の紙幅の都合であったのか、ご本人あるいは編集部の意向であったのか、などはわかりませんが、「艦船と安全」 の連載記事では省かれた話題についての原稿十数枚含まれおり、全文量を合わせると当該誌の連載記事1回分以上になります。

この省かれた内容には、今読んでみても大変に興味深いものがあります。 とは言っても、私のこのブログでの連載にこれらを追記するには、元々の省かれた理由が分かりませんので、「艦船と安全」 に掲載されなかった以上はプライベートな文書となりますから私の判断だけでは (^_^;


それにしてもこの 『一若年士官の戦時体験記』、有事における船乗りの心構えの一助として大変に有意義なものがあり、今の若い後輩達にも是非読み継いで欲しいと思いますが、しかしながら、“制服を着た能吏” であることが出世の方法とされる昨今の海上自衛隊では ・・・・

海上自衛隊は二言目には 「伝統の継承」 などと口を大にして言うものの、旧海軍時代のことは全く調べもしないし、勉強もしていないわけで。

例えば、一般の方々はもちろんですが、海自の艦艇勤務の隊員で、当該連載記事で出てくる 「ともせ、ともせ」 などをわかる者がどれだけいるのかと。

そしてそれ以前に、本家サイトでも公開している 『士官次室心得』 や当ブログでもご紹介した 『艦船乗員の伝統精神』 や 『運用漫談』 などで書かれていることが、候補生学校や練習艦隊でキチンと教えられているのか、と言うことです。


なお、今回故伊藤茂氏の遺された史料を拝見して、恥ずかしながら初めて知ったことは、氏は当該連載でも出てくる安下庄湾の目の前の安下庄中学校 (後の安下庄高等学校、現周防大島高等学校) からに海軍兵学校に入られたんですねえ。

Ito_Agenosho_HS_s.jpg



posted by 桜と錨 at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/189892161
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック