海上自衛隊の古い史料から、“かつては、こんなものもあったよ” という14回目です。
続いて砲術・艦砲射撃に関する 「教範」 についてお話ししますが、今回はその最上位である 『砲戦教範』 です。
旧海軍におけるこの 『砲戦教範』 は、昭和5年になってその草案が作られましたが、翌昭和6年には『砲戦操式』、7年には『第三改正海戦要務令 続編』、8年には 『第四改正海戦要務令』 の制定などなどの様々な要因が重なったために、やっと昭和13年になって正式なものとして制定されました。
そして、太平洋戦争における戦闘様相の変化に合わせるため、昭和18年に改正案 が作られましたが、これは結局終戦までにそれが正式制定されるに至らなかったとされています。
この 『砲戦教範』 の目的は 「主トシテ水上艦艇ヲ基準トシ之ガ砲戦実施上準拠スベキ事項ヲ示ス」 とされていました。

戦後の警備隊及び海上自衛隊の創設期においては、当初は “ともかく何でも米海軍に倣え” ということで、米海軍資料に基づいていましたが、一応昭和40年代に入った頃から海上自衛隊独自の考え方も取り入れたものとするとの傾向が出てきまた。
そこで、昭和44年になって 砲術・艦砲射撃についての最上位教範である 『砲戦教範』 が作成され、「秘」 指定された海上自衛隊教範第135号として制定 されました。
( 最後まで秘密文書のままでしたので、残念ながら表紙も含めてご紹介できませんことをお断りします m(_ _)m )
その目的とするところは 「艦艇による砲戦に関する教育訓練の準拠を示す」 ものとされ、水上砲戦、対空砲戦及び対地砲戦について纏められたもので、ミサイル戦については当時関連するその一部が記述されてはいるものの、当時の情勢としてまだ本格的な項目にはなっていません。
しかしながら、基本的には砲戦実施上の要点が述べられていたことと、かつこれが秘文書であったことから、艦艇幹部は学校教育での何かの時に読んでその趣旨は理解する機会はあったものの、現場において日々紐解くようなものではありませんでしたので、大抵は金庫の中にしまわれたまま、つまり “金庫の肥やし” ということに (^_^)
この点は、更に上位教範といえる 『海上自衛隊用兵綱領』 と似たような性格のものといえるでしょう。
このため、この 『砲戦教範』 は長い間修正・改善されることも、時代の変遷に応じた新しいものに改訂されることもないままで、手元にある残された資料では昭和58年頃にこれを 『砲戦・ミサイル戦教範』 とする改定案が検討されていたようですが ・・・・ 後に 『砲戦教範』 は一旦廃棄された後、全面的に新しくなった別のものが作られたと聞いています。

いずれにしても、その性格上から秘密文書でしょうから、昭和44年の 『砲戦教範』 ともども、海上自衛隊から公開されることはまずないでしょう。
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