2021年08月22日

「宇佐航空基地」 と 「富高航空基地」


今週の本家サイトの更新は、引き続いて 「旧海軍の基地」 コーナーにて 「宇佐航空基地」 及び 「富高航空基地」 のページを追加・公開しました。

両基地とも旧海軍の航空隊関連では大変に有名なところですが、当時の両基地そのものについて紹介したものはほとんどありませんので (現在に残る遺構探索などでは別ですが)、旧海軍史に興味のある方々にはお楽しみいただけるのではないかと思います。

    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/047A-Usa.html
    http://navgunschl2.sakura.ne.jp/bangai/IJN_Nav_Base/049A_Tomitaka.html

なお、「富高航空基地」 の頁でも記しておりますが、出版物やネットなどにおいて、昭和19年11月に築城航空隊富高分遣隊が独立して富高航空隊となったとするものが散見されますが、これは誤りで何かを勘違いされたものでしょう。

一例を上げれば次のとおりで、同分遣隊に補職されていた者たちは昭和20年3月1日をもって新たな人事発令をすること無しに 「岩国航空隊」 勤務とすることとされています。

Kanboujinkimitsu-125_S200301_01_s.jpg

昭和19年11月からこの20年3月までの間、富高基地に築城航空隊富高分遣隊とそれから分離・独立したとする富高航空隊が共存するなどは、旧海軍の体制上ありえないことです。

そして、同じく富高基地について、元の滑走路跡の舗装が一部残されているとするものがありますが、これは明らかに格納庫前のエプロンの一部の誤りでしょう。


また、宇佐基地の分散秘匿用のいわゆる “牧場” と呼ばれる航空基地である 「六九一基地」 (中津基地)と 「六九二基地」 (草地基地) が終戦間際に建設されたとされていますが、この2つについては旧海軍及び米軍の両方の情報ではハッキリせず、終戦までに完成したのかさえ不明ですので、これらについてはデータを整理してみてから考えることにします。

次は、この九州東部に所在した旧海軍の航空基地と密接に関係があります 「築城航空基地」 と、「佐伯航空基地」 のページにまだ未記載でした 「六九四基地」 (臼杵基地) の追加ができればと考えております。

posted by 桜と錨 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 海軍のこと
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/188940098
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック